『ラブソングを歌って―花井サイド』
いつものように練習が終わって家に帰って
風呂に入ってオナニーもしないで眠ろうと思って
アラームを確認したら、昨日より20分早かった。
じゃあオナニーしよっかとも思ったけど
今の自分は、オナニーより気持ちいいことを知っている。
もちろんセックスはそうだけどそれは無理で
そっと携帯の電話帳からあの人をすくい上げた。
プルルルル、が聞こえると思っていた耳や脳に
その音はヤケに新鮮で斬新で
あれ、いつからこんな・・・なんていうんだっけ
あ、待ち歌。待ち歌なんか設定したんだろう
そんなふうに思った2秒後
愛しい声がぶわっとあふれ出す。
『は〜い』
この声が聞こえることなんか分かってたハズなのに
緊張して、寝転がっていた上体まで起こす始末で。
ねえ、あなたは俺にとって
どれだけたいせつになっていますか。
「ども、花井です」
『わぁかってるよ』
クスっと笑った彼女に嬉しくなって
あと19分もたせるために、必死に言葉を探す。
「あ、さん今何してました?」
『んー?原稿書いてた』
「うわ、邪魔しました?」
『いいよーべつに急ぎじゃないし』
そんなのウソだって
もう俺、わかっちゃうんですけど。
ちょっとしか付き合ってないのに、もうあなたの性格なんか分かってて
本当はギリギリにならないと手ぇつけらんないクセに
俺の電話に出てくれたんだ。
本当は切らなきゃいけなかったけど
俺はその日、ウソに甘えた。彼女の、あまったるくって何の進歩も無いウソに。
『ってか寝なくていいのー?高校生ってこんな時間まで起きてるっけ』
「・・・小学生じゃないんだから」
『あっそ』
笑ってるのが分かる。俺も笑ってるの、多分バレてる。
顔が見たい。ほんとは生の声が聞きたい。俺の胸に顔をうずめて、くもった声で、名前を呼んでくれたらと思う。
あーあ、眠いのに。眠いハズだったのに。
「あ、そういえば」
『ん?』
「待ち歌って言うんスよね。あれ設定したんスね」
『あー、うん』
なんか妙に歯切れが悪い。もしかして聞いて欲しくなかった?いや、無理だろソレ。
「な、んか、聞いた事ある。アレなんでしたっけ、あの歌」
『さー?』
「さーって」
『覚えてないよー。午前中とか午後とか、設定しまくっちゃったんだもん』
「そんなんできるんスか」
『そうなの。あたしも最近知って調子こいた』
はは、と笑う声がもどかしい。耳をくすぐって離さない。離してくれない。
好きです。大好きです。誰かに、好きって以上の言葉を教えて欲しい。
「でも覚えてないって事ないっしょ」
『えー?ほんとに覚えてない』
「好きな歌でしょ?そんな待ち歌にするくらいなんだから」
『んー・・・だって好きな歌いっぱいあんじゃん』
そうかな?ん?そうか、そういうモンか?
見透かすような言葉が聞こえて、花井はう、とうめいた。
『あんま無いんだキミ』
無い・・・かなあ。まぁ、あんま無いかもなあ。
『んじゃあさあ』
「へ?」
『今度一緒に映画でも観に行こうか』
なんでそうなる、とか聞く前に。いや、いつだって先読みしたり焦らしたりして
彼女は俺の脳を引っ掻き回す天才だと思う。
『映画とかでハマるの多いよ』
「そうなんスか?」
『そー。だからエンドロールもちゃんと見る』
誰が歌ってるのか、なんていう曲なのか。そんで帰り道にタワレコ寄ってサントラ買ったりすんの。
そんな最高のデートプランに
花井は顔を真っ赤にしながら、見えないのをいい事に胸をぎゅっと押さえた。
との19分の通話はあっと言う間で
残ったものは、未定の予定だけ。
少し眠くなった目を擦りながら待ち歌のサイトを探して曲をダラダラ見てたら途中で寝てしまった理由は
きっとその、未定の予定のときの為。
ねえ、知ってますか。
なんかアレ、相手指定もできるみたいッスよ。
俺きっと、さん一番に指定しちゃうと思います。
そんで、一緒に見た映画のくだらない主題歌とか、流しちゃうと思いますけど
笑ったりとか、ひいたりとかしないでくださいよ。
多分、あなたと観た映画なら、あなたと聞いた曲ならもーなんでもかんでも
好きなんスから。
Go-your side.