「まりあーっ!」
よく通る声だったな、と今思い返してみる。準備体操をしていた球児達は、聞きなれない声と名前に顔を上げた。
1月の終わり。息が白く、空はもう暗くなり始めている。
他のメンバーと同じく振り向いた花井の目に飛び込んできたのは、嬉しそうに手を振る女の子だった。
Thank-you Smoking.-----1
「!」
その女の子の名前を呼んだ百枝を見て、ああ、まりあってモモカンの事かと思い出した球児は少なくない。
「なにー?しりあい?」
背中を押されていた田島が花井を振り返る。俺が知るか、とまた押す腕に力を入れた。
仲良さげに話をし始めた2人の女性を見て、にわかに高校生が想像に身を任せる。
「誰かな?妹とか?」
「にしちゃー似てなくね?」胸も含め・・・。
「新しいマネジ候補かもよー・・・あ、ほらっしのーかとあいさつしてる!シガポとも!」
「っつか、高校生か?」
「えー?俺高校生だと思うけど」
「俺はそうは見えないけどな・・・」
「あーほらーしのーかとどっか行っちゃったぜ」
「んじゃやっぱマネジか」
「花井なんか聞いてた?」
そろそろいい加減ストレッチやれ。そう言いかけた花井の唇は止まって、む、と目を上に向ける。
「聞いてねー」
「えー?じゃあやっぱちがうんじゃね?」
いくらなんでもキャプテンにくらいは伝えておくんじゃなかろうか、と水谷は予測したが、思えば篠岡のときも唐突に紹介された・・・ような。
そん時はまだ花井はキャプテンじゃなかったよ、なんて思い出しもしない。花井はなんかしんないけど、生まれたときからキャプテンだと思う。
「とにかく!やんぞ練習!」
「はーい」
それからしばらくは、集中・集中。集中を意識した。意識している時点で、気がそれている事はハッキリ明確おめでとうございます。
篠岡とさして変わらない体格で、かいがいしく手伝っている姿はまるで女の子同士で・・・いや、実際そうか。
なんだか身の入らないような、逆に意識しちゃって入りすぎのような。
だっていち高校生、知り合いならまだしも知らない、しかもぱっと見割かし可愛いっぽかった女の子が見てるとなれば。
変に気合は入ってしまって、とにかく不毛な練習が終わりモモカンの傍に集合する。
全員集まったのを確認すると百枝はニコっと笑った。
「紹介するね。私の高校時代の親友!ここのOGだよ〜、です」
「どーもぉ」
緊張する様子もなく、そうあいさつしたと名乗った女性を初めてまじまじと見る。
遠目で見る限り結構可愛いんじゃないか、という予想はてんで大当たりしてしまった。可愛い。
というか、可愛いとか美人とか、なんかそうゆうありきたりの顔じゃなくて・・・まぁそれも前提として、いい顔、そう、とてもいい顔をした女の人だと思った。
「実はね、来週から一週間篠岡さんをお休みにしてあげようと思って」
ふと篠岡を見ると、いいのに・・・と言った複雑な表情で苦笑している。
「結構頑張ってくれてるし、少しはお休みあげてもいいんじゃないかなーと思うんだけど、どう?」
異論は?と続けた百枝の言葉を、部員は頭の中で繰り返した。
確かに篠岡は部活の時間だけじゃなく、昼休みに草むしりもやってくれているし、マネージャー以上の事をやってくれていると思う。
お化粧してオシャレして放課後遊びに出かけるほかの女生徒を見ていると、まったくもって異論なんかあるわけなかった。
「いーと思います」
「俺もーサンセー」
「しのーか、たまにはゆっくり休んでよー」
「そーそー、遊びに行ったりとかさあ」
「でもぉ、あたしは好きでやってるんだし・・・」
まだ駄々をこねる篠岡の肩に、百枝は力強く手を置いた。
「いいのいいの!それに、これからもし篠岡さんが体調不良なんかでしんどかったら駄目でしょ?」
確かに、百枝は部員の指導で精一杯だし、シガポが1人でマネジの仕事を淡々とこなせるとも思えない。
選手と同じように、マネージャーにも控え選手が必要なの。そういいきって、かたくなに百枝は考えを押し切った。
「まぁは篠岡さんよりだいっぶテキトーな性格だけど?」
「ちょ、まりあ。それシツゲン」
「あはは、ごめん」
仲良いな・・・っていうか、モモカンが女の人とこんなふうにしゃべってるのを見て違和感というか変な安心感というか
とにかく妙な感情を抱いた部員たちは、そのなんともいわれない雰囲気に何もいえないでいた。
「ま、とりあえず今日から一週間は篠岡さんに色々教えてもらう研修期間って事で、も顔出すからよろしく」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
少しフザけてペコリ、と頭を下げたに、揃いも揃わないよろしくお願いしますを部員たちはバラバラに口にした。
「なあ、さんって超いいよな!」
部室でアンダーを脱いだばかりの田島が、上半身裸でキッパリ言い放った。
「分かる!なんか、童顔なのにしゃべったらあ〜オトナだなーっつーか!」
しゃべったって、お前ら会話とかしてねーだろ・・・、と、阿部は脳内で突っ込みを入れた。
「でもさあ、仕事とかいいのかな?」
「あー、どうなんだろうね?」
「ねー・・・」
モモカンと同じでバイトとかで生活してるのかな?と、全くオトナの女の知識がない高校生たちは唯一の例である百枝を想像の足しにするしかなかった。
「なー、花井はどう思う?」
花井は短いシンキングタイムのあと、さあなとだけ返した。彼も同じで、まったく想像がつかない。
想像・妄想は学生の本分だろうに!とワケの分からない理論を展開し始めた部員たちに愛想を尽かしたように溜息をつき、花井はコートを羽織る。
部室の外は、耳が千切れそうなほど冷たかった。
いつもの帰り道。とにかく話題は新顔の事でもちきりだった。
ゆっくり自転車をこぎながら、なんともつかめない会話に相槌を打ったり無視したり。
丁度コンビニの前に着くと、そこから大きなビニール袋をさげたが出てきた時には少年たちは色めき立った。
「さんじゃん!何してんの!!??」
「あっれー、何?みんなおそろいで」
「俺らはいつもココ寄ってんの!」
「買い食いか!ウケる」
何がおかしいのかケタケタ笑い始めたに、田島が三橋にしたときのように土足で食い込む。尊敬に値する、ほんとに。
「家こっちなの?」
「うん。車で20分」
駐車場に一つだけぽつんと止まったオリーブ色の小さな車を見ると、中には篠岡が座ってコクリコクリと頭を上下させていた。
「しのーかじゃん!」
「そう。今日はいっぱいお世話になったから送ってくのー♪」
いいでしょ、と笑う。いいでしょっつーか・・・なんていうか。オトナの女の人の車・・・。そそる。
「しゃべってる間に寝ちゃって。かわいい〜」
「んでさんは買い物っすか」
水谷も間を見計らって話に入る。ひひっと歯を見せて笑うは、やっぱり可愛いというか大人と言うか・・・。
「ちょっとねー」
ガサ、と持ち上げたビニール袋。外から見えるものは・・・ポテトチップスにチューハイに・・・
「さんタバコ吸うのー?」
見慣れない大きなタバコの箱に田島が食いつく。
「吸うよーもーバッカスカ吸うよー?」
「フケンコー!」
「うるせー」
田島君。あなた本当に初対面ですか?なにそのほぐれ具合。マジ羨ましいんですけど。
カートンがハミ出したビニールを持ち直し、じゃあね、とは車に戻っていった。
またしてもつかめないの私生活妄想を繰り広げながら、男子高校生たちはそれぞれ散り散りになる。
明日また会うのが、正直楽しみで仕方ない。
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