1年7組の、花井君。今すぐ職員室にきてくださーい。
およそ校内放送とはいえない緊張感の無さは滋賀の声そのものであり
5限目を終えた休み時間の花井は思わずスピーカーを振り返った。
彼に呼び出されるのは初めてだが、どうせ野球部の事以外何物でもないことは容易に推測できるので
さしたる緊張もなく、花井は少し面倒そうにヤレヤレと教室を出たのだった。
しかし、あと1限終えれば部活なのに、急用でも出来たのだろうか。
そう思い職員室をあけて志賀の所定の机を見れば、隣の椅子に座ったが花井に向かって笑顔で手を挙げた。
え?
Thank-you Smoking.-----3
僕は次の授業抜けられないから、お願いできるかな?
断る権利を持たない花井は頷くしか無かった。下を向けば、背の高くないが椅子からニコニコしてこちらを見上げている。
まったくもってどうゆうことか。
志賀の話によると、志賀にでも野球部のイロハを教えてもらおうとその日勇んでは学校に車で乗りつけたらしい。
そして、高校なんか何年も前に卒業したハズのが当然終業時刻を覚えているハズもなく、前乗りしてしまった。
それでもどうせ練習前に聞くつもりだったしーなどとニヤニヤしながら志賀を訪ねると、志賀は次の授業を外す事はモチロンできず
HRだったキャプテンを、担任の許可を得てここに呼びつけた、というわけだった。
職員室を出る前に、シガポの言ったシモネタ「食っちゃわないでね」は、いったいどっちに向けられたものなのか。真相はナゾだ。
「ほんとごめんよー」
さして悪びれるふうもないに、花井はまったくものも言えない。
グラウンドに向かいトボトボ2人で歩く道は、短くもありとてつもなく長い気がする。
「でも良かった、花井君がいて」
の鞄についている金属性の携帯灰皿が、カラン、と音を立てると同時。花井の顔が赤くなる。
「なんスかそれ・・・」
「えー?だって花井君キャプテンだし」
答えになっているようななってないような、よく分からない答えに花井は眉間にシワを寄せる。
「色々教えてくださいよ、キャプテン!」
「あー・・・ハイ」
真っ赤な顔を知ってか知らずか。はあまり花井の顔を見ないで横に並んで歩いた。
そうか、高校生はこうゆう言葉にですら反応してしまうのか。若いなあ・・・かわいいなあ。
それからはもう。まるで子供でも相手にしゃべってるのかと花井は錯覚に陥るハメになる。
野球のヤの字がやっと分かりますくらいの知識の無さで
よくこれでモモカンと親友だったな、と思うと二人の会話が気になって仕方ない。
ピッチングマシンを見せるとこすげーこれ見た事あるどうやってやんのコンセントどっからひっぱんのと目をキラキラさせ写真を何故か撮り
手当たり次第にスピードガンを持って使い方を熱心に聴いたりはたまたオモチャのようにバットを振ったり
てんやわんやひとしきり騒いだあと、ようやく部室に到着して花井は一息ついた。
「わー、畳なんだね」
「そっすね」
「イメージ違う〜わあーすげー」
何がすごいのかもう理解不明なのでスルーすると、は靴を脱いでずかずか上がり始めた。
花井も特に気にしないで後に続く。
ロッカーの前をウロウロしながら
「田島君のロッカー、シャツがドアからハミ出してるし!ウケる」
そう言って鍵もかかってないのでドアを開けてまた無造作に閉めた。もうシャツはドアからハミ出してない。
何でこの人はこんなに楽しそうなのか理解できない花井は、へたりこむように腰を下ろす。
それを見たは、自分も同じようにチョコンと花井と向き合うように膝を畳につけた。
座るとほんとにちっこいな。コートの上からでも分かる細さに、花井はモモカンの大きさを知る。
体もしっかりしてるし背も高いけど、やっぱ雰囲気がでかいのかな。態度のでかさならさんも張り合えそうだけど・・・。
妙な共通点に達した花井がふと顔を上げると、は目があった瞬間にこっと笑った。
「・・・・・・・・・なんすか」
「・・・なにが?」
キョトンとした顔でのまん丸の目がまっすぐ花井をとらえる。正直、誰相手でもこんなにじっと見られた記憶は無い。
なんだか心が見透かされそうで、花井はいたたまれない。でも、うまい切り替えしもモチロン知らない。
「・・・なんすかもぉ」
「なぁにが」
「だからーーーあーもーいーっす!」
「なぁにがよお!」
「あーもーーーなんでもねー!!」
「なんだよおお!!」
「なんでもねーーーー!」
「んだよおお!!」
フザけて笑うに
ほんとは少し、いや、結構。正直、ドキドキしてしまった。
「ねー、花井君のロッカーどれ」
「・・・ソレですけど」
指差すと、はニヤニヤしながらハイハイでロッカーに駆け寄り、女性雑誌を鞄から出してきた。
そしてあるページで止まったと思うと、次の瞬間ベン、と音を立てて花井のロッカーを叩いた。
「は?」
同じくハイハイするようにの横に並ぶ。体格差がよく分かる。
クフフ、と笑ったの手がどけられる。そこには、可愛らしいお花のシールがくっつけられていて。
「ちょ!」
「かーいーでしょおー」
「何すんスか!」
「えーいいじゃあんシールくらいい」
「よくねー!」
「もーはがせませーん」
コスコスと、十分すぎるほどべったりくっついたオレンジの花のシール。直径5センチと言ったところだろう。
「ちょおお!!」
「なあ〜んもおー邪魔すんなよー」
「さん!!」
「だって花井君かわいいんだもん」
ぐ、と言葉に詰まった花井に、勝ち誇ったようにまたしてもニヤついたは(こうゆう顔に悔しさを覚える花井梓高校1年生)。
スッと立ち上がって、部室の窓を少し開けて両肘を窓にかけた。
「はないくん」
「・・・はい」
「タバコ吸っていー?」
カチャン、と灰皿を外す音がする。一瞬窓のこっちがわに帰ってきた横顔が切なそうだったのは、きっと気のせいだと、思う。
「風吹いてるし、部室には煙はいんないと思う」
「・・・いいんじゃないっすか」
よくわかんないけど。経験したことないオトナの雰囲気みたいなものが一度にぶわっと広がったみたいで
花井は少し戸惑った。
は無言でライターの火をつけて、左手でそれを覆ってタバコから煙をあげる。
全部が少しだけ開かれた窓の向こうの出来事で、曇りガラスごしに見えるそれはなんだか別世界のようで。
まるで煙が2人の間に線を引くように、少しだけタバコの匂いが花井の鼻をついた。
それからがタバコを吸い終わるまでの4分間
一瞬の匂いと目の前のが、花井を捕まえて離そうとしなかった。
遠くでチャイムの音が聞こえる。
いこっか、とまたさっきの笑顔を向けたに少しだけの安心と、よく分からないムズムズした感情を抱いた花井は
不器用に返事をして、部室を出て鍵を閉めた。と同時。
聞こえた曲はどこか懐かしいメロディーで
なんとなく、映画かなんかで聞いた事のあるソレがの着メロだと分かるまでたいした時間はかからず
それと同時、見た事無いくらい満面の笑顔を浮かべたに
正直、胸が死ぬほど締め付けられる。
「ケンちゃん!どうしたの?」
漏れてくる声もかき消してくれればよかったのに、チャイムは無常にも途切れてしまう。
「今から?んー・・・わかった、すぐ行くね」
ドラマだったら
あー弟でしたーとか犬でしたーとか
散々四苦八苦してもがいた主人公はそうゆう落ちで骨折り損でしたーアハハで終わるはず。
花井は1話分の展開をすっ飛ばして、ワラにもすがる思いできいた質問の答えは
なんでだろう、あまり知らない女の人なのに
めっぽう、心臓を切り裂かれた気持ちになった。
「・・・彼氏っすか?」
「うん!」
ごめんね、と花井を置いて車に戻ったの背中を見ていると
あのごめんが何のごめんだったかなんて
深追いをしてしまう。
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