あれだけ小さな音が響いたとはとても思えないくらい
冷静になると、放課後になったばかりの校舎裏には様々な雑音が入り混じっていた。
軽音楽部の演奏、女の子の笑い声、体育館のバスケットボールのはねる音。
その音の森を掻き分けるように救い上げた細い腕は震えていて
昨日まるで勝気な目で自分を見つめていたまん丸の目が、ピンク色を刺しているのは夕日のせいじゃないはずで。
冷え切った腕のパーカーの素材の下から熱を感じようと必死で
俺は手を離せなかった。











Thank-you Smoking.-----5















































































到底、非力だと痛感した。
引いてみても当然花井の力には敵わず、両手で隠したい涙が片手でうまく拭えない。
「どうしたんスか、さん」
心底心配そうな花井の顔も、エコノミー画質でよく見えない。見れない。
「はなしっ・・・」
「なんで泣いてるんですか」
「いっ・・・いえるわけないじゃんかああ」
「なんでッスか!」
「関係ないもおおおおん」
まるで子供みたいに、駄々こねるみたいに、もがくの手を、花井は離さない。離したら、プッツリ切れてしまいそうで怖い。
こんな、まるで乱暴な今気づいたばかりの恋愛感情に、自覚してしまったからもう戻れない。
離せない。絶対離さない。
「関係っ・・・ねーかもしんねーけど!」
「だっ・・・」
「泣くほどの事でしょ!何すか!何で泣いてんスか!」
「なっ・・・・・・泣いてねーよ!」
「皆無っス!そんなん説得力なさすぎ!」
ボタボタこぼれる涙が、乾ききった冬のアスファルトをぬらす。
花井のアディダスのスニーカーにひとつぶ落ちたのが合図だったように、は観念した。


「ふられたんだよおおお」
「・・・ふっ・・・」
「ケンちゃんにきのーフラれたの!!すっきなコできたって!!」
もおほっといてよおおお。涙を拭うのも忘れてあてどもなく振っていた片手が花井の腕を掴む。
離されると思ってグッと力を入れた花井の健闘は空振りで、その手は引き剥がす意思はないようだった。
ただ手を離さないだけで、できることを考えてみてもこんな頭じゃ思い浮かぶハズもなく、花井は同様したまま目の前のを見つめる。
どうしたらいいんだろう。こんな時、妹が読んでたくだらない漫画の主人公はどうしていただろう。
急に腕が引っ張られる感覚に気づくと、ズルリとがへたりこんでいた。
花井は黙って、近い距離で同じように座り込む。
ひくひくと嗚咽にあわせて、花井が掴んでいる腕が震えて、それを掴んでいる花井の肩が揺れて、その腕を掴んでいるの片腕もまた弾む。
「好きな子・・・できたって」
「・・・・」
「もー付き合ってて・・・キスとか・・・セックスとか、してんだって」
「・・・・マジっすか」
「・・・はは」
到底笑顔とは対照的な顔をしたまま吐かれた乾いた笑いに、花井は一瞬ギクッとする。
「それ、あたしもっ・・・昨日言ったし」
どんな顔をして言ったんだろう。彼女は、こんな小さな体で、ステキな顔を硬直させて、ポロっと言ってしまったのだろうか。
ふいに力が抜けた花井の腕から、ボタリとの腕がこぼれる。取れちゃうんじゃないかって心配するほど。
でも、片腕は、花井の腕を掴んだままだった。助けを求めるみたいだっていうのは、きっと思い上がりかも知れない。

こうゆう時、最強にダサくてカッコ悪すぎる言葉を吐ける。のが、高校男児クオリティだったりする。


「・・・どうしたらいいッスか?俺」

その、多分世界一情けないチキンな質問を受けた23歳は
花井の・・・多分、大好きなまん丸の目をまん丸にさせて、キョトンとした顔を花井に向けた。

一瞬、時間が止まる。そして次の瞬間、自分の情けなさに死にたくなった花井は自暴自棄に陥る暇も与えられなかった。

「・・・・・・ブッ」
「・・・・・・・・は?」



「あははははは。はははは」
喉チンコ見えそうなくらい大きな口をあけて、は笑った。
残った涙が全部出し切られるようにポロポロ落ちていたが、さっきまでの悲しそうに頬を伝っているのとはまるで別物。
「なにそれ!」
「・・・・・な!」
急に顔をカーッとさせて、花井は「さっきの発言のダサさ」に遅すぎの自覚をしてしまう。
「あはははは。マジ、なにそれ!」
「〜〜〜〜〜!!!」
「やばい、今世紀最大のヒットかも!!」
「なああああああああ!!!」
「なあああああじゃねーよ!ばああああぁか!」
「うるせえええええええ!!!」

それからしばらく
なんだか壷に入ってしまったはひたすら笑いこけて
顔を真っ赤にしながらも、花井はの涙が止まったことに少し安心したりもした。









すっかり夕暮れは夜に変わって
ようやく立ち上がった二人の間に、ポツ、と雨が降る。

は最後にもう一度だけ、少し腫れた目を擦るといつもの笑顔で花井をキュっと見上げた。
「花井君」
「はい」
「乗んなよ。送ってってあげる」











助手席で改めて考えて
が彼氏持ちじゃなくなった事を考えると、正直に言わせてもらえば花井は自分は嬉しいんだと気づいた。

でも
窓を開けてタバコを吸い始めた彼女の横顔と
昨日嗅いだばかりのその匂いを感じると

また少しだけ、妙な壁が目の前に現れる。






タバコを吸う
助手席に座るだけの自分。



オトナと子供。23歳と高校1年生。




そんな下らない壁。でも、超えられないでっかい壁。


どうしたら超えられるか考えて
煮えきった頭のまま、家まで誘導してシートベルトを外した花井の耳に
信じられないくらいドロドロに甘い声で
が腕を引っ張った。


「梓」
「・・・・・・・・・・・・・なんスか」
「ぎゅってしてくれる?」





自分の中のピラミッドで
の望みの上にあるものを選んだのは
きっと超えたかったから。ガキくさい、ションベンくさい花井の必死の抵抗で












ガキでもションベンでもなく





の唇はタバコの味がした。
























































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