今日から篠岡さんは休みに入ったからね。、しっかりね!
その百枝の言葉に、途中ブランクがあったものの一折の流れを掴んだははーいとマヌケな声を上げた。
それも全部見ている。3日前のあの日から、変わらずずっと。
ただアレ以来
あれ以来、花井梓はとまともにしゃべって無い事を非常に悔やんでいる。
でももしまた少しでも彼女に触れてしまったら。
幸せと後悔と絶望はいっぺんにやってくるんなら、このままスーっと感情が消えるのを待つほうがずっとラクなのかも知れない。
相変わらずどこか引っかかる花井の練習態度に、それ以上多くは語るまいと百枝は静かに見守った。
多分、のせいなんだろうなーと薄々感じてはいるが。
花井君、淡い恋の訪れなのかなー?と、そんなほのぼのしたお花の飛び交うような展開ではなさそうではある。
Thank-you Smoking.-----7
「最近つまんねーよなあ」
部室でスパイクに履き替えながら、田島がさも不満げに顔を上げる。
「なにがー?」
栄口の問いに、ムムム、と口を動かしながら足はそのままで畳に寝転がる。
「最近とあんましゃべってねーーーーー」
「あー・・・そうだなあ」
チヨちゃんよくあんだけ毎日動けるよね・・・ほんっと、あたし死ぬかも。
半分泣き言交じりにそうが笑っているのを遠くから見たのが、3日前。
想像していたよりずっと、篠岡のマネージャーとしての役割は大変らしいとは痛感していた。
フリーライターという不定期な生活でなまった23歳の体、対して相手は現役女子高生。
しかもは、どれだけ言おうがやはり社会人に代わりはなく。いつもピッチングマシーンのために引いてきている電源を延ばして
暇を見てはPCをいじっている姿を、部員の何人かは見ていた。
「大変そうだよなあーさん」
「なんか気のせいか痩せてない?」
「あー分かる気がする」
口々にの心配をし始める部員にうまく相槌も打てない花井は、着替え終わってロッカーを閉める。
丁度ヒザくらいの位置にあるのは、あの日剥がそうと必死になったオレンジの花のシールで
それは見るたびに心を締め付けていた。本気になればこんなの、すぐにはがせるのに。
長身の花井はひょいと田島をまたいで一番に部室を出ると、そこには小さな背中が夕日の中に埋もれていた。
「おー、花井君」
「・・・ちす」
少し高めに上げた右腕には、しっかりビデオカメラが握られている。
「今日はコレで撮るんだってよー」
「・・・そッスか」
「きんちょーする?」
あの日のいつもの笑顔に、顔を赤くすることもできない。絶望的な7歳という歳の差が、花井の首を静かに締め上げる。
とても下らないことに思えるが、何も言えない最弱チキンな自分にはそれだけで十分の殺傷能力があって、花井は毎日まいっている。
とてつもなく近い、「こんなふうにしゃべれなくなるまでの時間」を頭の中でカウントダウンするのも。
返事をしない花井は、の少し寂しそうな顔を見る暇などもちろん無くて。
ふーっと溜息をつくと、はビデオを構えなおした。
「さてさて花井くん」
「・・・・」
「大事なお知らせがありますよー」
赤いランプが点滅する。近くも遠くもない距離で、やけにまぶしくてうっとおしくて、花井は手で視界をふさいだ。
「ちょぉっと、手ぇ邪魔」
「何してんスか・・・それ、部活用でしょ」
「でも今はテープはあたしんだもん」
ニカーっと笑っても花井は笑ってはくれない。いや、それでいい。どうせー・・・
「花井君」
「・・・・・・何すか」
「あたし、今日までらしいよ、これ」
反射的に顔を上げたら、死ぬほど寂しそうな顔でが画面を覗き込んでいる。画面に映る、男の子を。
ああ、笑ってる顔に寂しそうな顔を足すと、こんなに切ないのかと脳のはじっこでいやに冷静に思った。
「え?」
「チヨちゃんいいこだね〜」
「・・・ちょ」
カラスが鳴く声がする。軽音楽部の音が聞こえる。サッカー部の掛け声が始まる。
ピッチャーマウンドに立ったはやっぱり小さくて、そこがずっと盛り上がっている場所だとは今は微塵も感じなかった。
どっかでまたあと4日もあるし。そう思っていたのだと気づいた。どんだけ臆病なんだよ俺。最低最悪より最悪な言葉を、知りたい。
「きのーさあ、やっぱ心配だから戻らせてくださいって、百枝んバイト先まで来たんだって」
「・・・」
「しかも、あたしにまで電話してきてさ。ごめんなさいって何度も言うんだよ」
「・・・・・さん」
「超いいこだね。きみら最高に幸せじゃんかー」
「・・・・・・・さん」
頼むから、そんなふうに笑わないでくれませんか。
無力さ突きつけられて、死にそうになります。
「いい子じゃん・・・かわいいじゃん、チヨちゃん」
「・・・さん」
「こないだ昼休み行ったとき、安心したよ。かわいい子いっぱいいんじゃん、7組にも他クラスにも」
「・・・・・・さん!」
「花井君、あたしの事好き?」
そうゆう言葉を、大人は、何かの終わりに使うなんて俺は知らなかった。
花井はバカみたいに顔をゆがめて、大きく頷いた。ポタっと、土に涙の雫が落ちる。
「好きっス。むっちゃくちゃ。」
「それ多分ね、今だけ」
そう言うと、パタン、とはカメラを閉じた。
それからどうしたらいいのか分からなくて
時間を重ねなきゃわからない沢山の事が背中に伸し掛かってきて
百枝が大きな声で集合をかけるまで、花井は一歩もそこから動けなかった。
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