たまたま偶然始まったリビングでの映画鑑賞大会(はるか・あすか主催)。
どっちもドロドロベタベタのラブコメで、正直趣味では無かったがやる事もないのでなんとなく一緒になって見ていた。
少し眠いので吹き替えにしてくださるとありがたいのですが。そう言う主張は返事もなく却下され
始まった白人同士の恋愛に目をダラダラ向ける。
どこかで見た胸の大きい女優が、どこかで見たなかなかイケメンの男優に寄り添う。
肩に手を置き、キスをする。
”ハニー”
ぷっくりとした唇で甘く囁くその女優に、男優はニコっと笑ってまたキスをした。
”マイ チェリーパイ”
なんだそれ。迅速な突っ込みにも関わらず、妹2人ははぁと憧れの乙女特有の溜息を返した。
アメリカ人って、とにかく好きな人を甘いものに例えるんだな。そう思いながらゆっくり眠りにつく。
今思い出す。あの日も、雨が降っていた。
Thank-you Smoking.-----9
「いいのかな」
「大丈夫だろ」
小声でそうやりとりしながら足を進める。スニーカーから漏れる「グジュ」と言う音すらヒヤヒヤする。
たった10何年しか生きてない彼らにとって、閉ざされた初めての場所に勝手に入るっていうことは、十分不正行為だった。
少し歩くと、とある小さな部屋があり、そのドアには「
個展”巨匠って言わなくていいからちょっと観ていけ”」という看板が立てかけられていて
なんつータイトルだよ、と数名が笑うこともなく突っ込みを心の中で入れた。
また、ソロソロと扉を開ける。予想通り、そこは薄暗くて。でも、いやにハッキリ見えた。壁にひきのばされて立てかけられているのは
紛れも無く、自分や、見慣れた人の顔。
「うわ!!これ俺じゃん!」
思わず声を上げた水谷の口を押さえる。田島は(こうゆうことに関しては)少ない頭で学習する。うん、静かに。
知らないものや場所の写真は沢山あったが、その中でやっぱり見た事のある場所の写真だと進む足は急激に遅くなる。
「なんか自分映ってると・・・嬉しいよね」
「わかる。いっつも見てる顔なのにね」
いつの間にか散り散りにそれぞれスペースを回り始めた球児たちと同じように、花井も1人で写真に目をやる。
真っ黒の痩せこけた子供が、大きな目で笑っている。見た事もない雑貨店で、ボロボロの服を着たヒゲの大人が笑っている。
白人の男の子が、笑って手を振っている。にゃあ、と鳴く声が聞こえそうになるようなネコがいる。
みんな、
に笑っているんだな。そう思うと、彼女がいかに魅力的かが手にとってわかるようだった。
三橋が球を投げている。阿部が構えている。田島のスイングの速度を捕らえるように、そこが思いっきりブレていて
栄口が肩で汗をぬぐっている。一瞬のぼーっとした表情の水谷がいて、ボールを磨いている泉がいて
走る巣山がいて、ピッチングマシーンをセットする西広がいて、口に手をあてて大声を張り上げている沖がいて・・・
アイちゃんを撫でている手は、きっと・・・。
そして、自分はどこにもいなかった。ムネが一気に苦しくなる。
皆が撮られた感覚はなかったので、当然誰が撮られていて撮られてないかは見るまでわからなかった。
その中で1人メンバーを見つけては、俺いるよな?あ、いたーアンシン。そんなふうに胸をなでおろしていたのに。
花井がいない事にいちはやく気づいた阿部は、同情して泣きそうになった。なんか、かわいそ過ぎる。不憫すぎるぞ・・・花井。
徐々にそれに気づいたメンバーも、笑えるくらい、実際笑えない同情を抱いて黙っていた。うっそー花井いねーじゃん・・・どゆことー?
当の本人がその雰囲気に気づかないハズもなく。
いたたまれなくなって勝手にズンズン足を進める。もう早く出ませんか。俺可哀相過ぎませんか。ねぇ。
これでもまだ、ってくらい、フラれたんだなーと思った。
はきっと、穴をあけるくらいじゃ物足りなくて
俺の心臓ビリビリに破いたんだ。ふん、残念だったな。100こに避けた心臓が、120こくらいになっただけだよ。もう目くそ鼻くそなんだよ!
残念だったな
!
そんな花井の1人の問答を裂くように、どこかで聞いたような、聞いた事も無いような、ピアノの曲が僅かに聞こえた。
「どっから流れてんの?」
いつの間にか追いついた栄口を振り返る。どうやら音は奥の部屋から聞こえているようで、足を進めるとカタカタと物音も聞こえた。
細心の注意を払ってドアを開ける。と、そこは教室の半分くらいの部屋で、床にはパイプ椅子が並んでいて
その中央に小さなプロジェクターがあり、そこに座って白い線を描いているのは、あの、小さな背中だった。
胸がギュっとなる。とっくになくなったはずなのに。いい加減、やめてほしいくらい。確かな痛みを感じてしまう。
小さな背中も、この匂いも。
「これ、どこだろう?」
小さな小さな声で聞こえてきたのは西広の声。9畳ほどの壁いっぱいに映し出されているのは、海外だなってことしか分からない。
街の雑踏、少しブレながら人々をとらえるカメラ。
「hola!」
小さな子供が笑っている。同じ言葉を返したのは、紛れもなく
の声。
それから自然に流れを変えて、今度はどこだかハッキリ分かる。アメリカのブロードウェイだ。
「hi!」
また、黒人の男性が手を挙げる。同じような言葉を返す
。
それから約10分。球児たちはまるで異世界に迷い込んだように、ずっと映像を凝視していた。
「なんか・・・すげー」
馬鹿馬鹿しい水谷の使い古された言葉にも同意してしまう。こうゆう時、的確な言葉が見つけられない。
そして一瞬、壁は真っ黒に染まった。あ、終わりかな、と10人が思った。同時に音楽も終わり、部屋の中に
の煙を吐く小さな音がこだまする。
彼女に駆け寄ろうと田島が足に力を入れた瞬間、ぱ、と部屋がオレンジに染まる。
再び画面に映ったのは、夕暮れに染まるグラウンド。位置的に
がピッチャーマウンドにいる事が分かる。
BGMはいつも聞こえる隣のグラウンドからの掛け声や軽音楽部の小さなメロディー。
そして
「あ」
部室のほうから歩き出してきたのは、花井だった。
『おー、花井君』
『・・・ちす』
あの日のあれが脳裏によぎる。やばいだろ。これはマジで人生至上最高にヤバイ。
『今日はコレで撮るんだってよー』
『・・・そッスか』
『きんちょーする?』
立ち去るタイミングもなければ、大声を張り上げる精神力もない。
完全に溺れ始めたキャプテンと画面の中のキャプテンを交互に見ながら、メンバーたちは体験したことのない繊細な空気を映像から感じ
なぜか顔が赤くなった。阿部に至っては口を手で押さえている。笑いそうなのか。なあ!ソレって笑っちゃうからなのかよ!!
『さてさて花井くん』
『・・・・』
『大事なお知らせがありますよー』
『ちょぉっと、手ぇ邪魔』
『何してんスか・・・それ、部活用でしょ』
『でも今はテープはあたしんだもん』
うっわー花井・・・なぜかこっちが恥ずかしくなるくらいの生々しい雰囲気に、挫折しそうになりながら目がそらせない。
『花井君』
『・・・・・・何すか』
『あたし、今日までらしいよ、これ』
え!花井、俺らより早く聞いてたの?マジ?
『え?』
『チヨちゃんいいこだね〜』
『・・・ちょ』
その戸惑う花井の顔を、とにかく、じっと見つめる。
花井は、今大地震こねぇかなとか物騒な事すら考えてしまってもう収集がつかない。
『きのーさあ、やっぱ心配だから戻らせてくださいって、百枝んバイト先まで来たんだって』
『・・・』
『しかも、あたしにまで電話してきてさ。ごめんなさいって何度も言うんだよ』
『・・・・・さん』
『超いいこだね。きみら最高に幸せじゃんかー』
『・・・・・・・
さん』
『いい子じゃん・・・かわいいじゃん、チヨちゃん』
『・・・
さん』
『こないだ昼休み行ったとき、安心したよ。かわいい子いっぱいいんじゃん、7組にも他クラスにも』
『・・・・・・
さん!』
追い詰めた声に全員がハッとなる。
もう、何言わなくてもここに映っている少年が撮影者もとい
に惚れているのは死ぬほど伝わってきている。
うわ、俺逃げたいかも。栄口はそう思ったが、今すぐ出ていってくれと花井はさっきからずっと願っていて
お願いだからマジでなんでもするから、あれだけはカットしててくれ、と神様を思った。
どうやらその瞬間、神様はたいへんご多忙だったらしい。
『花井君、あたしの事好き?』
『好きっス。むっちゃくちゃ。』
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
のああああああああああああにfくgszんdんhぃあhにいzwくぁwせdrftgyふじこlp;@:「!!!!
ボン!!と音がした。花井以外のメンバー全員が破裂した。
恥ずかしすぎる!!!はずかしすぎるううううううううううううううううううううううう!!!
泣きそうな真っ赤な顔を一斉に向けられた花井は、こちらも破裂しそうになりながら大きな溜息をついた。
ハイハイみんな落ち着いて。こっから俺、すげえフラれ方するんスよー。
『それ多分ね、今だけ』
あの声は
聞こえてこなかった。
また真っ暗に暗転した画面を見つめると
真っ白な文字がそこに浮かぶ。
「Thank-you
my Sugar.」
拝啓
さま。
単純だとか
都合いいとか
もう、どう思われてもいいです。
俺、アンタの事、相当好きです。
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