の細い腕がプロジェクターのスイッチを押すと、ぱ、と部屋が明るくなる。
「んー・・・」
首をゴキ、と鳴らして、タバコをあの携帯灰皿に押し付けたは
立ち上がってぐーっと背伸びをして、振り返って
ギョっとしていた。
Thank-you Smoking.-----10
「ねー花井・・・」
「・・・・・・・」
「あ・・・あのさー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼むから黙っててくれ」
かぽーん、と能天気な音が響く。
あれからは一瞬の動揺を見せたが、いつもの笑顔でどうしたの?と皆に近寄った。
「すいません勝手に入っちゃって」
「びっくりした。まあいいんだけど」
タバコの匂いがする。もう、ドロドロに溶けてしまいそう。
「!!なんで教えてくんなかったんだよお!ガッコもぜんぜんこねーし!」
「ユー!ごめんね〜忙しくて」
「俺らの写真・・・」
「百枝には許可とったんだよー?」
そんなやりとりをしながら、阿部が今にも噴出しそうな顔で言う。不謹慎だぞ!!
「今の―・・・」
はまた一瞬止まった。阿部や栄口や泉や西広のような、けっこう繊細じゃないと分からないくらい、一瞬だけ。
「やー、結構評判いいんですよ」
「あー・・・いや、面白かったっす」
答えを完全に逸らされながらも、追及しないのが阿部だった。
「っつーか・・・みんなビッショビショだね・・・」
「うわっスイマセン、床汚しちゃ・・・」
「いいよーどうせ朝掃除のオバチャンやってくれるから。それより、風邪ひくよ?」
タイミングよく、三橋がクシャミをする。は苦笑しながら、球児たちを割ってドアに手をかける。もう片っ方の手は部屋のスイッチに触れていた。
「近くに健康ランドあるよー。おごってあげるから外で待ってて」
そんな流れで今、10人は仲良く風呂に浸かっているわけで。
ぎゃあぎゃあと騒いで三橋のチンコに興味を示す田島をヨソに
「シュガーをどうゆう意味で使うか」を知っている阿部と西広は恥ずかしくなって花井に話すに話せない。
ブクブクと水面にスレスレまで浸かった花井の顔が赤いのは、暖まっているからだけではモチロンなく・・・
チラリと横目で見た阿部が少しニヤついていたので、花井は最高に複雑かつ単純な気持ちをどこに発散したらいいのか、もう泣きそうだ。
ぱちゃん、と水音が耳に広がる。
「あー・・・のさあ、阿部」
「・・・なに」
「・・・・あれってああゆう意味なの・・・かね」
アレってアレだ。あのことに決まってる。アイラブユーじゃない、ダーリンでもない。
シュガーの響きが、旋律が、脳を支配する。
真っ赤になったキャプテンを一瞬チラっと見た阿部は、笑いそうなのと「もらい照れ」できもちわるい顔をした。
「・・・聞けよ、自分で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・聞けるわけあるか」
濡れたままのシャツを目の前に溜息をついていた。コインランドリーに入れとけばよかったのに、まったくもうバカだな俺たち。
どうしようか、とタオル1枚で絶望していたら、大きな袋を抱えた男性がゼェゼェ言いながら近寄ってくる。
「きみら、野球部の子?」
「え・・・そうですけど?」
袋の中には、下着とロンTとズボンがそれぞれ10枚づつという壮大な数が詰め込まれていた。
さすがに入ってくるわけにもいかないのために好意でそれを全部ここまで運んでくれたおじさんに、全員しっかりお礼を言って頭を下げる。
すげーすげーと袋に飛びついた田島からシャツを一枚奪い取ると、首元や腰のタグにマジックで名前が書かれていたので
無造作に選ぶ彼を必死に止めた。
同ビル7階。居酒屋「大自然」。
お礼にごはんをおごるとはそこに全員を連れて行き、本来予約がないと使えないという
広い座敷の間に「お願いします」の一言だけで通させてもらった。
居酒屋なんか当然来た事ない球児たちはそれだけで舞い上がり
100種類を超えるメニューを見ながら俺コレ俺コレとまくしたてるので、なんとは
「じゃあフードメニュー全部ください」
とサラリと言ってのけた。うっそー。こんなの多分大人とか子供とかじゃなくてが異常なんだ。痛感する。
「みんなすごい食べるんでしょ?」とまたキョトンとした顔をする。それはそうなんですけども。
さっきのおじさんの事といい、の人間的魅力というのは自分達が思っているより相当なんじゃないかと仮定してみる。オソロシー!
次々運ばれてくるメニューに、いちいちうまそうを連発しながら箸を進めるメンバーたちに、少し落ち着いているグループがあって。
阿部は見計らっての横に座り、とりあえず何度も言われていたがお礼をキチンとした。メシもそうですけど、服まで・・・、と。
「・・・みんな同じカッコしてたらきもちわるいじゃん。変な団体みたいな」
ぐい、とコーラをあおりながら、ははははと笑った。
ゆっくり風呂に浸かったとは言え、1時間弱でここまで見繕ってくれたにまったく頭が下がる。
さすがに下着は大量買のみんな同じ種類だったが、ズボンやロンTに関しては見事なまでの「私服」だった。
Gパンもいればカーゴパンツのものもいたり、ハーフパンツもある。
Tシャツも無地から柄物プリントもの、それぞれがさまコーディネートで完璧だった。ヘタしたらちょっとオシャレ団体だ。
なんたってあの巣山までもが、お気に入りに入りそうな予感までしている。
ちなみに上着は今コインランドリーで盛大に荒っぽく乾燥中。
「まぁ俺らは慣れてますけどね・・・全員一緒は」
「あーユニフォーム?いいよね〜あたしも着たい。百枝見てて羨ましかったんだよー」
「んじゃも着ればいーじゃん!」
いつの間にか間に割って背中から抱きついてきた田島に、は「あれは監督の特権ですよ」とやんわり現実を告げた。
「俺の貸してやるよ〜」
「まぁ着れそうだけれども・・・」
「タカ、それはあれか、おっぱい的な意味でか?」
「ちっチガイマスって!」
「っせー!マジフォローすんな!」
「あはは、確かにってあんま胸ねぇ・・・」
「っせー!!」
2時間はあっという間だった。
最後にラストオーダーを聞きにきた店員に、花井は開いた皿を返しながら「もういいよな?」と聞いて「もういいです」と告げる。
すっかりデザートまで満喫してしまった。花井はふぅ、と息を吐くと、自分からここに来たのかあっちからここに来たのか分からなかったが
向かいに座るを、今日始まって・・いや、3週間前のあの日以来始めてじっと見た。
「花井君、やっぱキャプテンって感じだねえ」
「・・・そっすか」
照れながら烏龍茶を飲む。は新しいタバコに火をつけて、ふう、と花井とは間逆の位置に煙を吐いた。
「今日はありがとね」
「いや・・・こちらこそ」
「嬉しかったよ、まさか来るとか思わなかったし」
「すいません、色々世話になっちゃって」
「んーん。ぜんっぜん」
ふにゃっと笑うに、捨てたはずの感情はもうとっくにあふれてダバダバこぼれっぱなしだ。
「やっぱ花井君は花柄似合うねえ」
「え?ああ・・・」
花井の服は、メンズ特有の上品な白と黒の花柄。ワキの洗濯絵表示には、花井君と書かれている。
「こんなの着るの初めてっスよ」
「まじで?似合うのに。あと和柄も似合いそうだよキミ」
「そうっすかね」
「うん。絶対似合う」
ああもう、ああもう、ああもう。スキだ、好きだ。その顔も、その髪も。声も、タバコの匂いですらももう。好きでたまらない。
「さん、あの・・・」
ぐっと息を飲んで口を開いた花井の言葉は
「!!!明日は練習来るー??」
田島によってかき消された。もう、田島のクソKY!しんじゃえ!ウソ、しなないで!でもKY!
個展明日までだからムリだけど、じゃああさって顔出す。
別れ際、自転車に手をかけた球児たちにはそう言うと「近いうち」なんて言葉よりずっといい響きだと感じた。
「服もメシも、ほんっとありがとうございました」
「あ、あたし大人だから。高校生がお金のことで気にしないでね」
「・・・はい!」
ーまたねー、と手を振る田島に手を振り返す。いつの間にしたの名まえで・・・と少し呆れる花井は
精一杯の勇気を出していた。ここしかない。連絡先も知らない彼女に告げられるのは、今しかない。
全員がぞろぞろ自転車をこぎ始めて、怪しまれないように微妙な位置を確保しながら。
「さん」
「ん?」
「あのー・・・付き合ってくれませんか」
「・・・え?」
「服、買いに行きたいんスけど」
いいよーとアッサリ言って
じゃあここに連絡して、と透明の名刺を渡された。
それを大事にポケットにしまって
花井梓、16歳はペダルに力を入れる。
来た時よりずっと寒くて
来た時よりずっとペダルは軽くて。
雨はもうやんでいた。
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