一番最近起きたのが今日の始まりだとして、次に寝るのが今日の終わりだとするとして。
今日、何本目か分からないタバコに火をつけながら、いつの間にか真っ暗ではなくなった外に気づいたは
ゆっくり立ち上がってカーテンをあける。
日光でももちろん街灯でもなく、その白さは雪だった。
条件反射にも似た感覚で、は仕事机の横に置いていたカメラを手に取る。
狭いベランダへの窓を開ければ、いつも使っているサンダルは白に埋まっているのが見えて、ソレをとりあえず一枚。
そしてためらう事なくスリッパで踏み込むと、はあ、と白い息を吐いた。
目の前の情景をいっぺんに水玉模様に変えていく雪に、何枚かシャッターを切ったあと顔を上げる。
小さな鼻や頬が赤く染まるのを感じながら、体がうずく。
今徹夜で取り掛かっているのは、隣町の情報誌の特集5ページ。
新装開店した帽子屋の記事で、提出期限は明日で、取り掛かったのは、起きたのが今日の始まりだとしたら今日の12時間前。
写真はもう撮り終わって準備はできているのだが、量が量だけに少し手間取っているのも事実。
提出期限は明日午後18時。でも、雪の街を取りに行きたい。外に出たい。ウズウズしてくる。
2時間だけ出て、すぐ帰ってきたら余裕でしょ。うん、ヨユーヨユー。
そう決め込んだが早いか、はソファに脱ぎっぱなしにしていたコートに腕を通す。
その瞬間、ポケットに入れたままの携帯がヴァイブする。
面倒そうに決定ボタンを連打したの目に飛び込んできた、のは受信メールだった。
送信元・花井君
件名・あのー
本文・明日暇ですか?
は熱いコーヒーを淹れたあと、またケムリくさいPCの前にかじりついた。
Thank-you Smoking.-----13
あ、いつもと違う牛乳だな。そう思いながら、花井梓の朝食、7時ジャスト。
流しっぱなしのテレビの天気予報。何度も見た事のあるアナウンサーが日本地図を指しながら予報を告げる。
「今日のこの雪は、明日の夜まで降り続く可能性があります」
同時刻、同じニュースを見ながら歯を磨いていた百枝まりあは、一瞬考えたあと携帯を手にした。
「もしもーし、どーもー百枝です。はい、はい。はいーアハハ。じゃなくてー、あの、明日夕方からバイト入りたいんですけど」
送信元・モモカン
件名・無題
本文・今日みっちり雨メニューやって、明日は部活お休みね☆
そのメールを見た時、花井は純粋に不思議に思った。いつも明日の予定どころか今日の予定すらメールなんかしてこない。
こんなの初めてだ。
しかし、ここでそれ以上頭が回らないのが花井梓クオリティだった。きっと阿部くらいなら悟ったかもしれないが、この少年はあいにく阿部ではない。
花井は途端、前の約束を思い出し携帯を開く。結びかけの靴紐が、ダラリと垂れているのももう忘れた。
件名・明日はムリ
本文・っていったらガッカリする?
なんかあれだな。遊ばれてるな。
件名・別に
本文・って言ったらガッカリします?
件名・しねーよタコ
本文・っていったら泣いちゃう?
花井はニヤニヤしながら、凍えそうな手を何度も擦ってメールを打つ。
のこうゆうとこが好き。でも、こうゆうとここうゆうとこっていちいち言ってたら・・・
件名・泣きます。
本文・多分。
件名・(笑)
本文・明日ね。
全部好きで、時間も言葉も足りないかも知れない。
じんわり広がる感覚。誰にもいえないけど、ほんとは誰かに言いたくて。
付き合ってなくてもノロケになるんだろうか。ってか、キモイな俺。そんなことをぐるぐる考えていたら、学校までの30分なんてヘでもなかった。
「俺チョコもらえっかなー?」
1年9組。田島ががりがりとチョコボールを何故かかじりながら、ぼーっと空を見上げている。
「なんで?」
浜田が泉のジャージの穴を繕いながら聞き返せば、泉や三橋も顔を上げた。
「だあって、明日バレンタインじゃん!」
「あー」
忘れてた。信じられないが、この歳の男子が、本当に、バレンタインを忘れていた。
というか、日付感覚をとうに見失っている。日曜日がくれば一日練習だから感覚はあって、それから次の日が
月曜日でその次が火曜で・・・水曜日くらいから曜日なんかあやふやになっている事を考えると、日付なんかいちいち数えていられなかった。
「そっかー明日14日かあ」
「もらえっかねー?」
「三橋はほしい?」
「おっ、おれはっ」
「もらえんならバンバンザイだよなー!三橋!」
「うん!」
そんな会話を聞き捨てならない女子が何人もいた事を知るのは、明日の事になるんだけど。
田島と一字一句違わない言葉を吐いて、水谷が空を見上げるのは1年9組同時刻。
「なんで?」
これまた同じ言葉を返したのが花井で、次の瞬間彼はバッと大げさすぎるほどおおげさに口を押さえた。
「なに?」
曜日も日付感覚もある阿部が花井を見上げる。
「や・・・っべえー・・・」
「なに?なんかあんの?」
水谷が興味深々に身を乗り出してくる。阿部ほどにではないにしろ、あの映像を見てからキャプテンがこうなるのはがらみだということは察することができる。
察っされている事も察しがつくという、あべこべだがきわめて単純な9組の関係は、最近ずっとこんな感じだ。
「やっべー・・・どうしよ・・・」
「だから何が」
何故かイライラし始めた阿部をなだめる篠岡。おい、いつからそこにいる。
ちなみに篠岡もとっくに花井がの事をどーのこーのは知っていた。鈍そうだが、彼女も一応女の子だということで。
「俺・・・」
「うん」
「おっ・・・」
「・・・だから」
「おっ・・・・」
「だああああ!!三橋かテメー!!」
バン、と机を叩いた阿部に三橋ではないので花井はショックもうけず、頭を抱え込み始める。
なにこいつ。さっきからなにもがいてんだ。いい加減にしろ。
「花井君、さんと何かあったの?」
篠岡の直球ストレートどかーんが花井の下腹部あたりにクリーンヒットして半泣き状態。それからタップリ一分の後、上げられた彼の顔色は白を通り越して青い。
「俺・・・誘っちゃったんだけど」
「さんを?」
「・・・うん」
っどーでもいいけどなんでこいつ溺れた人みたいになってんの。花井ってこんなだっけ?
「すごいじゃん!で?さん何て?」
篠岡が何故か嬉しそうにテレテレと喋る。クラス内で、彼女からのチョコレートを期待している男子の事は・・・明日になっても分かることはないのだが。
「いや・・・オッケーって」
「まあじかよ!!部活はー??」
羨ましさマックスで水谷が興奮する。いいないいないいなあ!!さんとデートなんて!!最高じゃんか!!
「・・・した、ねぇってモモカンからメールきた。から誘った」
やっぱり阿部様はカンが鋭かった。花井、オメー休みの日教えてもらうって、それモモカンにまでバレバレって事じゃね?・・・言わないけど。
最初の言葉がよく聞こえなかったことは今更気にはとめない。
「ナンも問題なくねぇか?」
阿部は目線を雑誌に戻す。なんだ、ノロケられたのか俺ら・・・うっわー最悪、花井にノロけられるとかマジ終わって・・・
「あ・・・明日って言っちゃったんスけど」
「「「は?」」」
「あっ・・・明日ってゆっちゃったんですけどおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
ウオオオオオオオオオオオオオオオ、と悶絶しながら、花井は再び頭を抱えた。
今度は青でも白でもなく、恥ずかしさから真っ赤になっている。
「そ・・それは」
「なんつーか・・」
「花井・・・恥ずかしすぎるだろソレ」
痛いほど分かる。見た目はどうあれ、は23歳だ。そして歳はどうあれ、花井がとの関わりにおいて
”大人ぶりたい””子供っぽいと思われたくない”のは。ひしひしと分かる。分かりすぎて泣ける。
花井君ってバレンタインに会いたがるような男の子なのね。ろまんてっくー。←今の状況。
「うおあああ、どうしよ、どうしよおおお!!」
花井君滅茶苦茶期待してる。からチョコレートもらう気まんまんー。←今の状況。
「お、落ち着け花井!」
やっぱ子供だねー。メルメンってるねー。←いまのじょおきょお。
「ああああああああああああああああああああ」
死にたくなってきた。
そんなキャプテンに、非力ながらも高校一年生たちが頭をひねる。
「じゃ、じゃあさ、明日っていうのやめればよくない??」篠岡がぱっと顔を明るくした。額の汗は隠せないが。
「あ、そ、そうすればいいじゃん!「バレンタインなんかどーでもいいですよー」ってアピール!」水谷が賛同する。額の汗は隠せないが。
「まぁ送っとくだけでもいいかもな。変に期待してると思われるより」阿部も賛成してみる。もうどーでもいい。面白いけど。
花井は藁にもすがる思いで、とっくに冷静ではなくなった頭で携帯を取り出し、メールを打ち始める。
一瞬の間。3人はつばを飲み込んでソレを見守る。・・・なにこの集団。
正直今すぐにでも会いたいくらいなのに、やっととりつけた約束をまた「いつか」という宙ぶらりんな状況に戻すのは忍びない。
だが、背に腹はかえられない。かえられないんです!そこんとこヨロシク!!
件名・ごめんなさい
本文・明日じゃなくてもいいですか?
「こ・・・これでいいのか??」
「いいっ・・・いいんじゃね!?」(よくわかんないけど!)
「うん、シンプルで男らしくて、なかなかいいと思う!」(全然わかんないけど!)
「まー妥当じゃね」(微塵もわかんないけど)
花井は息を整えながら、運命の送信ボタンを押した。
4人の間に、葬式帰りもビックリな沈黙の時間が流れる。
と、携帯のヴァイヴが聞こえてきて、少年少女がビクッとやけに反応した。
が、花井の携帯ではない。
なんだよ紛らわしい、と溜息をついて、篠岡は自分の携帯が鳴っている事に気づいた。
「ごめ、あたしだ」
ぱか、と画面を見た篠岡が
ギャヒイイイイイイ、と小さな体を震わせた。
「っ・・・さんだ!!」
「え!!??なんで???」
「えっ・・・で、出るべき??」
「出なきゃダメっしょ!」
「出・・・でるよ!」
ゴクリ。
『もしもーしチヨちゃん?』
「あ、さん、こんにちわ」
『こんちわー。今へいきー?』
滓かに漏れる声に全神経を集中させる。いつものトーンが、少しだが花井を安心させた
瞬間。
『あのさー、そこにいるバカキャプテンにかわってもらえるかな?』
こっ・・・・・・・・・・こっ・・・・・・・・・・・・・KOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!
もうバトンタッチ!!あたしには耐えられない!!
涙目で篠岡がむりくり花井に携帯を押し付ける。
好きな人と電話で話すときってさあ、ものすごーく心がほんわかなってドキドキして・・・・・じゃないのかい?
なにこの手汗!!違う意味のドキドキ!!俺、死ぬかもよ!!みんな葬式来てくれるかな!!??
汗で滑りそうな携帯を両手で押さえ、花井は耳元にそっとあてがう。畜生!後生だぜ!!
「・・・・・・・もしもし」
『あ、花井君?ちーっす』
「どーも・・・」
『あ、明日の事なんだけどさあ』
「・・・はい」
『あたしさあ、締め切り近くて。昨日から16時間ブッ通しで仕事してんだよねー』
「・・・はい?」
『本当は雪撮りに出たいんだーほら、綺麗に積もってるでしょ?』
「・・・・ハヒ」
『でもねー、誰かさんが明日誘ったからねー、今いっしょーけんめいPCの前にかじりついてんのー』
「・・・・・・・・・」
『今吸ってるタバコでね、もう3箱目なわけよーウケるっしょ?』
「・・・・ぃぇ・・・」
『もうねー、体イラッイラしてて。ウッズウズしてるわけよ。でも仕事してんのー』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめ・・・」
『んで?あのメールは何』
ぴしゃり、障子を平手で叩いたような音がしたのは気のせいか、そうでもないのか。
震えながら、花井は半泣きでごめんなさいとだけ言って携帯を切った。
助けを求めるように顔を上げると、今度は3人の顔が青白く凍り付いていた。
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