ぱさ、と下駄箱から何かが落ちた。花井が見下げた足の上には、小さな可愛らしい便箋の手紙。
幸い誰もいないのをいいことに、花井は読みもせずポケットにそれをネジ込む。
2月14日、雪。震えた手は寒くてでも、さっきの手紙が嬉しくてでもない。今日、とデートします。
それだけで朝から、ぶっちゃけ昨日の夜から、こんなに緊張するなんて夢にも思ってなかった。




















Thank-you Smoking.-----14




























「はいこれ」
「義理だよー」
「も、もらってくれる?」
「美味しくないかもしんないけど・・・」

「何個目ー?」
「4つめ」
「すっげー。俺まだ2個だよ」

「花井」
は、と顔を上げる。3時間目の休み時間。思えば今日、自分から誘ったくせにまったくノープランだった花井はさっきから妄想で忙しい。
声の元を辿ると、水谷が顔を覗き込む。
「5組の女の子来てるよ?花井に会いに・・・」
「あー、いいっつっといて」
「・・・ほんとにいーの?」
「いいよ」
今日はずっとこんな調子。花井が女の子を断るのは、通算3度目だった。休み時間ごとにかいがいしくチョコレートを渡しに来る女の子を
これでもかと無視しては、またぼーっと自分の世界にこもる花井の背中を見つつ。
阿部はもらったチョコレートをかじりながら、特に何も言わなかった。
まぁ期待させるだけムダなんだろうし。今日はさんとデートだったら仕方ないだろう。
野球に支障ないなら、自分が何も文句を言うことはない。ドライ・阿部。阿部ドライヤー、ドライヤ阿部。
昼休みになっても相変わらず花井はずっとそんな調子で、12個目のチョコをもらった田島が昼休みにわざわざ自慢しに来てもどこかうわの空だった。
そんな花井を見て水谷は思う。
確かに、そこらへんの女子が相手なら、他の子のチョコなんか受け取らないのが男らしいように見えるかもしれない。嬉しいかもしれない。
でも。
さんってそんなタイプかなあ」
「水谷なんか言ったー?」
「・・・べつにい」
「あー、あとはのチョコさえあれば最高なのになあ!」


貧乏ゆすりが激しい。HRの終わりを今か今かと待っているのがバレバレで、痛々しくなった。
おいおい、花井。ほんっとお前、夢中かよ、オイ。
俺でもあんなふうになるのかな?いつ来るか分からない「そうゆう時期」をそれぞれ思い描きながら、阿部と水谷は静かにキャプテンを見守った。


件名・無題
本文・コンビニにいるから終わったら教えて。あ、徒歩推奨。

徒歩?ばかおっしゃい。全速力でいきますよ!!















はあ、と息を吐いた。阿部と水谷に形だけの「じゃーな」を言い放ち、花井は意味もわからず自転車を置いたままコンビニの前にたどり着いた。
オリーブの車が見えた瞬間から、心臓がくちから飛び出しそうで、それでも凍らないだろうなってくらいバクバクソレは動いていて。
必死で顔を取り繕うと、見上げた先には雑誌を立ち読みしていたがいた。
ドクン。
こっから始まりますよ。


さん」
「おー・・・早かったね」
ちーす、と手を挙げた。いつもの部活の時とは少し違った格好も、ブーツも、髪型も。全部が可愛く見える。
「待ちましたか?」
「んーんー。読んでたから気づかなかった」
何この会話ー超恋人同士みたいじゃん。口には出さないけど、使い古されたやりとりに胸がキュンキュンする。
パタン、と雑誌を閉じたが花井を見上げる。ニィ、と笑う口元が、やっぱり可愛い。
「もっと遅くなるかと思った」
「何でですか」
「えー?ヴァレンタインだから?」
バ、じゃなくてヴァって言ったに、チャラけた空気が漂う。
「あのー・・・」
いや、だから今日誘ったわけじゃないんですよ。ほんと、気づかなかったんです。そうゆう言い訳が脳内に巡ってひとつも言葉にならない花井を無視して
は足を進め始めた。花井も慌ててついて行く。
「ま、今気づいたんだけどね」
「・・・は?」
「今日が14日だって知らなかったんスよ、あたし」
さっきここ来て気づいた、とカラッと笑う。・・・だったら昨日あんなメールしなきゃよかったと思う花井に
だから昨日あんなメールしてきたんだーフーン、とニヤつく。ああもう、俺って救われないな!
途端にまた顔を赤くし始めた花井を面白がりつつ、は車のエンジンを入れたのだった。

いつの間にか買われていたコーラとお茶をドリンクホルダーにセットする。はラジオのチャンネルをあわせながら、横目で花井を捉える。
「花井君」
「はい?」
「コーラあけてー」
「・・・はい」
プシュ、と小気味良い音を立ててコーラの缶があけられる。花井は黙ってがわのドリンクホルダーに戻す。
過ぎてゆく通いなれた道を見ながら、知っている人に、あいたいような、あいたくないような。
そんな心の葛藤を知ってか知らずか、はどでかいあくびをかました。
「ふあ・・ないくん」
「はい」
「今日さー、どっか行きたいとこあんの?」
「・・・あー」
もちろん、お気に入りの店なんかあるハズもなく。実は昨日それとなく妹に探りを入れてみたのだが、どこもやっぱり女の子のお店でちっとも足しにならなかった。
「ないんだ」
「・・・スイマセン」
だったら帰る?とか言われそうで怖かった。急いで何か打開策を、と身構えた花井に、はアッサリ言ってのける。
「じゃあさあ、あたしの知ってるお店でご飯食べない?」
「え?」
「服はさ、また今度にしよ。今日遅いし」
いつか一日暇な日ができたら、と笑うに、心がじいいんと暖かくなる。次の約束、次また誘っても大丈夫。あー幸せ。死にそう。
「いいっすけど・・・俺あんま持ってないっすよ」
ぷ、と噴出したがブレーキを踏む。赤信号が雪に溶けて、すごくきれいだと思ったらも同じだったようで携帯のシャッター音が聞こえた。
「花井君、曲りなりにも服を買うつもり無かったの?」
攻めている様子は無い。笑顔。
「いやーそうゆうワケじゃないんスけど」
「高校生におごってもらうほど落ちぶれてないですー」
カラカラと笑うが、コーラを手にする。花井が散々もったいぶってお茶をあけると、それも横から奪われた。
「ちょ、さん!」
「なに」
「ソレ俺のじゃないんスか?」
「えー?決まってねーよそんなん!あたしが買ったんだぞ!」
信号が変わる。車がまた走り始めて、ゆっくり弧を描いてカーブする。
「コーラ飲んで茶ぁ飲むって!」
「あー?なんかオカシーっすか??やなら飲まなくていいんだよ!」
「母ちゃんかよ!」
あー楽しい楽しい。もー、なにこれ。すげえ幸せ。
店先のバレンタインの文字、道行くカップル、どれを見ても羨ましいなんて微塵も感じない。そんな日は予想外だった。
だって多分俺が一番幸せモンだもんね!・・・ごめん、今のオフレコ。本音だけど。


が車を止めたのは、それから約20分後の事で、とあるワンコインパーキングだった。
「ちょっと歩くよ」
そう言われて着いていくと、たった5分ほどで足を止める。目の前にあったのは、小さな洋食屋だった。
ためらう事もなくドアを開ける。昔の喫茶店やレストランのように、カランカラン、と音がして
狭い店内がわっと目の前を多い尽くす。オレンジ色の照明に、チェックのテーブルクロス。20席ほどの椅子は4つしか塞がってない。
カウンターの中にいた真っ白な服の男と、ウエイトレスっぽい女性の目がを捕らえた瞬間、ぱっと笑った。
さん!お久しぶり!」
駆け寄ってきたウエイトレスは、歳はと同じくらいだろう、背はより10センチは高そうだった。
「久しぶりー。どう?繁盛してんの?」
「してるしてる!のおかげだよ!」
カウンターから出ることもなく、男は大きな口で感謝を告げた。
「にしちゃー人少なくないですか?」
「いや、ディナー開店からまだ5分っすよ?」
「あははは」
ひとしきり笑ったあと、カウンターに通されそうになったは「今日はテーブルがいい」と告げた。
「なんで?」
「連れがいんの」
そうふふっと笑ったあと、2人がようやく花井の存在に気づく。高校生とはいえ181センチの男に気づかないのもどうかと思ったが
それだけ2人がに夢中だったって事に気づくと、花井は照れながら頭を下げた。
「ども」
「えーーー何??カレシ!!??わっか!!いくつ??」
マシンガンのように花井にまくし立てるウエイトレス。近くで見るとなかなか美人さんだ。
「じゅ・・・ろくッす」
「ちょっと〜犯罪じゃないの?」
「はいもーうるさーい。そんなん言うなら帰りますよー」
「ゴメンゴメン!テーブル2名様ご案内〜」
「はいよー」
そう言うと、一番隅の小さなテーブルに通された。ちんまりしたスペースに、2人がみっちり押し込まれるようで少々狭い気がするが
向かいを見ればいやにぴったりハマりこんでいるがいて、なんかハムスターみたい、と思うと花井は珍しくクスッと笑った。
「なに」
「いや・・・なんでもないっス」
「あっそー。店長、適当にくださーい」
そう挙げられた手には、いつの間に、みたいなタバコ。もう片方の手はしっかり灰皿を握っている。
店長と呼ばれたカウンターの男は、はいよ、とだけ告げて厨房に戻って行った。
「ああ、花井君にはちと狭いか」
「いや・・・まあ」
少し窮屈そうにしている花井を見て、はにんまりと笑う。一瞬の嫌な予感は的中して、テーブルの下からの腕がスッと伸びてきたのを確認すると
ガタン、と大きな音を立てて、両足をの椅子のワキに引かれた。
「お、さっすがー足長いねー。映画館とかせまいっしょ?」
「なっ・・・な!!??」
パクパクと口を金魚にした花井に、はキュっと微笑む。こうゆう顔も好きです。あー、いちいち好き。どうしよう。
「足こーやってたらちょっとは楽でしょ?」
「・・・まー・・」
確かに、狭い場所に下り曲がっているよりずっとラク。素直にソレを認めない花井にまた笑うと、先ほどとは違うこれまたなかなかイケメンなウエイターがメニューを持ってきた。
「こんばんわーさん」
「よ。元気?」
「はい。何飲みます?」
「今日飲めないからコーラ」
またコーラかよ、と突っ込みを入れる。もちろん口には出さない。顔は言ってるけどね。
「そちらは?」
花井ににっこり微笑むと、イケメンのエクボが可愛らしさをまとわせる。あの双子に見せたらキャーキャーいいそうだな、とボンヤリ思った。
「あーっと・・・なんでも」
「んじゃオレンジジュースで我慢しとけー」
「ちょ、さん!ウチのオレンジジュースはそこらで売ってるヤツじゃないんスよ?知ってるでしょ?」
「はいよーいってこーい」
不完全燃焼に終わったウエイターを退散させ、またタバコを口に含んでアゴを挙げる。きれいなアゴと首のラインに見とれていたから、
その席が空気清浄機の真上だということに気づくには少し時間がかかった花井だった。
程なくしてビンのままのコーラ(の話だと自分だけ特別らしいが、正直ビンコーラのどこに希少価値があるのかわからない)とオレンジジュースが運ばれてきて
小さくカンパイをして、息つく間もなくサラダとパスタが運ばれてくる。
は手際よく小さな皿にサラダを持って花井に渡した。
「うまい?」
「お、ああ、うまいッス」
「でしょおー」
なぜか嬉しそうな。パスタもとりわけながら、少しずつ話し始める。
「ここさあ、2ヶ月前に取材で来た店なんだー」
「あ、そうなんスか?」
「んー。でもねえ、上から許可出るまで2ヶ月かかった」
あはは、と笑うに、サラダの複雑なドレッシングの味を感じながら花井は聞き入る。
「2ヶ月ってフツーなんですか?」
「いや、ちょっと長いよ。」
「なんでそんなにかかったんすか?」
「だぁってさあ、そん時自分、結構いい雑誌のライターだったんだもの」
ふと店内を見渡す。いつの間にか、空席のほうが少なくなっている。
ばち、と音がするように目に飛び込んできたのは、壁に称えられたある雑誌の切り抜きだった。
大切にパウチされている記事の横に、●●XX月号に載りました!と、子供みたいに嬉しそうな文字がそえられている。
「東京だったし、とりあえず埼玉っつーとこで前代未聞でしょ?」
「まぁ・・・そっすね」
「んでも、どーーしてもここしか紹介したくなかったの。だってさあ上司が「お前の一番うまいと思う店で特集2ページ組ませてやる」って言うんだよ」
じゃあここしかなかったの。そう言って、パスタをきれいに盛り付けた皿を花井の前に置くと、自分の分をとりわけ始める。
「もー超ケンカしちゃってさあ。だって言ったじゃないっすか!どこの誰が都内以外っつった!って」
「すげー」
実に簡単で分かりやすく中身の無い返事をした花井だったが、は気にとめず話を進める。
「でまー、「じゃあコレ書いたらやめます」って言っちゃったんだよねえ・・・」
「え?」
「やめてやるから最後に書かせろっつって」
苦笑したが、緑を口の中に放り込む。灰皿におざなりのタバコの線が、一本になって天井に吸い込まれていく。
「んで、あの記事かいて、スッパリ止めて地元に戻ってきたんスよ、あたし」
フォークで刺された先にある記事を花井はまた見直す。店長が、あのウエイトレスのお姉さんやウエイターのお兄さんがすごくいい顔で笑っている。
あの個展の人々の笑顔とリンクして、ちょっとだけ感動してしまった。
「あ、でもねー上司すっげえいいヤツなんだよ。なんだかんだでハナムケだってあんなでっかく載せてくれたし、今でも心配してくれるしさ」
それに、今こうやって生まれた場所の誰も知らない雑誌の記事を書いてるのも楽しい。
たとえ有名な雑誌みたいにずっととっておこうなんて思われなくても、明日はゴミ箱行きでも、やっぱ書くのは楽しいんだよ。
「それ」
「ん?」
「それは、俺も一緒です。」
花井が割と自然に笑ったので、はこうゆう時の衝動も忘れて、つい、見とれてしまった。カメラがある事も今は気づかないくらい。
「俺も野球、そんな感じっす。あ、あああ・・・ああ、別?ぜんっぜん別かもしんないですけど!!」
そう焦り始める花井を一瞬じっと見つめたは、思い出したようにぱ、と笑った。
「いいねえ、キャプテン」
「えっ・・?」
照れ隠しにオレンジジュースを飲むと、確かにそのへんのとは違う味がした。
「いいねー。花井君のそうゆうとこ、好きよ」
「・・・そッスか」
「あー照れたーカーワウィー♪」
「ちょ、やめてください!」
「あははは」
「笑うなよ!」
「あははは」


それから何品も出されたけど、どれ食べても美味しくて、普段も相当食べるがそれ以上、花井はペロリとたいらげた。
途中がトイレに立ったときや花井がトイレに立ったとき、少しあたる足がもどかしくて。
「ごめん」「すいません」そう義務的に謝るのがおかしくて。背ぇ高くてよかったなって、素直にそう思う。
会計を済ませ、2度目のベルを鳴らしてドアをあけると、花井はギョっとした。
外に出ている5つの椅子は埋まっていて、それから10人が立ったまま今か今かと震えていた。
そんな人々を横目に通り過ぎたあと、花井はにピッタリ寄り添う。
さんっ」
「なに?」
「今の客っすか?」
「客じゃなかったら気持ちわりーよ」
そう言うとまたケタケタ笑い始めたに、花井はう、と言葉を失う。
「ほんとはつぶれかけてたんですよ、あそこ」
「え?」
歩きながら、タバコに火をつける。あの匂いが鼻を突く、何度もみた灰皿が、街灯やネオンに反射して最高綺麗だった。
「力になれたみたいでよかった」
ふっと笑う横顔に
抱きしめたくて
キスしたくて
もうぜんぶ、誰に向けられた笑顔もまるごと
自分のものにしたくなって。


あと一瞬の言葉が遅かったら
また気まずくなってしまったのかも、と思うと、えげつない。




「まだ7時だよ」

「え?」


「花井君、うち来る?」








































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