朝練のためのアラーム、朝5時ジャスト。
その1分前に花井が受信したメールには、何故か外国のきれいな夕日が添付されていた。
件名:昨日はごめんよ
本文:今度は2人で遊びに行こうね。
はいはいもう言わなくても分かりますね。花井梓、今日を生き抜く電池はこれで充分満タンです。
明日もいけちゃうかも。あさってまでは保障しませんけどね!!
・・・・俺は見た目以上に貪欲らしい。
Thank-you Smoking.-----26
「ねぇ、花井君の彼女って可愛いね」
米が鼻から出そうになった。阿部や水谷までもが驚いて見上げた、同じクラスの女の子。昼休み、1年7組。
「は??」
花井が素っ頓狂な声を上げると、見下ろす彼女はクスクス笑う。なにこいつ。何?誰?
誰とは言ったが見覚えはもちろんある。同じクラス、隣の隣の席の女子、赤山ゆうみ。
これといって可愛いとか美人とかゆう分類ではない事は確かだったが、今そんなことはどうでもいい。
「な、なんで?」
水谷のぼやーっとした疑問にも笑っている。
「あたし昨日ファミレスいたんだよー?気づかなかった?」
あーこれはマズい。マズいよね花井?チラリと見た花井は完全にフリーズ状態。ちょっと阿部!ヘルプ!ヘルプミー!ヘルプアス!
そんな阿部はいたって冷静。というか、怖い。冷たい。
他人の事に首突っ込んでくんなとでもいわんばかり。ゆっとくが、野球部は他人じゃないからそこんとこヨロシク。
花井の事は俺らのこと。ゲンミツに言えば、花井のおもしろい情報は共有するべきなのだ。阿部は予想以上にひどいやつだった。
そんな阿部すらもろともせず、赤山ゆうみは開いている席に座り込む。その瞬間、ゲー、と水谷が心の中で舌を出した。
べつに嫌いなわけじゃないんだけど・・・苦手なんだよね、この子。
何ヶ月か前、性病の話をでかい声でしていたのを聞いて以来水谷文貴君の中では
勝手ながらこの子は「ナシ」となったわけだ。
個人的な好みだけどさ。
いつだって耳を劈くような声で教室を圧倒するこの女子が、クラス内でまったく浮いていないのはきっとここが高校だからだろう。
さんの隣にでも置けばすぐ浮き彫りになるんだろうに、とどいひーな事を想像した。
「ねぇねぇ、あの子どこ校?年上だよね?何年生?」
「・・・・・・・・」
花井がやっと正気を取り戻す。だがしかし、何て答えたらいいのかサッパリ分からない。
言ってしまうのは簡単だが、正直ここで色々言うとすぐクラス中・・・どころか学校中に広まってしまう。
色々迷惑かかりそうだよなあ、と思うと本当に何ともいえない。
OGだし、仕事もあるし。考えすぎかも知れないが、部活にまで迷惑かかっちゃいそうで怖い。
「いや・・・」
「都内の高校だよ」
阿部がとっさに適当なウソをつく。待ってましたとばかりに赤山は目を見開いた。
「うっそだあ」
「ウソじゃねーよ」
「あたし見たよ〜車で帰ってくの」
てめぇどこまで見てやがんだよ。興味本位でひやかしの目線を向ける赤山の姿が妙にリアルに想像できてイライラする。
っつかなんでそんな下らないカマかけんの。それで優位に立ってんの?うっわウッゼ。
「大人でしょ?どこで知り合ったの?」
「・・・・・」
「なんで内緒にすんのー?いいじゃん教えて〜?」
かわいくねぇんだよお前がブリっこしても。どちらかといわずとも優しいはずの水谷までお手上げ状態で収集がつかない。
こうゆう時・・・・・・
救ってくれたのは、予鈴だった。3人は何も語らずいそいそとお弁当箱を片付け、トイレへと向かった。
べつにバレたってどうでもいい。相手が相手じゃなければ。
もちろんチンコつかみながら、いい案なんか浮かぶはずないだろ、バカ。
まじでえ?困り果てた栄口の声が1組に響かず、しっとりと床に吸い込まれていく。
相談に来た水谷は、まるで自分の事のように悩み顔を見せてぶーたれている。休み時間は少ない。
「なんかやだねえ、そうゆうの」
「わっかんないけどさあ・・・・なんであんな事言うのかなあ」
「興味本位でしょ?」
確かに、自分達だって昨日散々興味本位で色々聞いた。でもなんというか・・・
非常に稚拙ではあるが、花井=身内みたいな部分があって。
それにさんはみんなの知り合いだし、あの性格だし、・・・だしだしを並べると言い訳くさくて、なんだかこっちが嫌になる。
「でも空気読めてないよ」
そんな巣山の言葉が、なんだか子供っぽくて、でもそうまとめるしか他に方法がない。
だって、知らないとこで花井とさんの関係がドンドン進んでくなんてさあ・・・寂しいじゃん。
それじゃだめかなあ。
独占欲?共有欲?どっちって言うんだろう。
授業中、花井はずーっとずーっと赤山の視線を向こうの向こうから感じていた。ひどいものだ。
完全に無視すると、やっとノートを取り出したかと思われた彼女は小さな紙を花井にまわしてきた。
「あたしには自慢してもいいのに」
そう書かれた紙に絶望を感じる。何を言っているんだこの女は。どうゆうことだ、なんだこの状況。
なんで彼女といるだけでこんなに攻められなきゃいけないんだよ。俺がなんかしたかよ。もっと、クラス同士で付き合ってて
それこそネタになりそうなヤツなんか沢山いるのに。
とは言ったものの、多分、おそらくだが、これは自分でもかいかぶってるの承知で言うが、
クラス中で、年上でしかも本気で(本気っすよねさん?)付き合ってる恋人がいるやつ、そうそういないだろう。
しかも相手はあれだ。なんたって天下の様だ。
可愛くてかっこよくて面白くて博学で自立してる。ぶっちゃけ、こんないい女いないんじゃないって思う。
そんな人と同級生が付き合ってたら、絶好のネタだよな。あ、そっか、赤山さん、ネタ探ししてるんだ。
・・・そんなのたまるか。ノロけんのもネタにされんのも、全部野球部とあの家だけで事足りているのだ。
花井は当然の如く返事を返さなかった。しばらくしてそれを察した赤山はうつぶせで寝にかかる。
それを見計らったように、阿部がツンツンと後ろから背中をシャーペンで押してきた。
「なに、今の紙」
「・・・」
無言でそっと後ろに渡す。阿部の反応が気になるところだが、小さく聞こえた舌打ちだけで表情なんかすぐ想像できてしまう。
放っておくと休み時間になった途端、赤山を掴みに行く阿部まで思い描いてしまった花井は
それはいくらなんでも、と
「無視無視」
と気にしてないフリをした。実際昨日の今日だし、そのうち諦めてくれるだろう。
次の日。朝のHRよりも前に。
耳を疑った。でんぐりがえりで海の中飛び込んだってこんなおかしな言葉が聞こえてくるなんて思わない。
だって、花井が今まで16年間で培ってきた常識ってものを考えると、とてもじゃないがほぼ同じ境遇で育ってきた人間が
まさかこんな事言うなんて、誰が想像できましょう。いえできません。
「ねぇ、合コンするんだけどこない?」
「は?」
バカじゃねぇのばかじゃねぇのなにこいつばかじゃねえの。ごうこんってなに???
「あ、合コンって言ってもぉ知らない子じゃなくって、あたしの友達ー4組のさあやとか」
しらねぇよ、誰だよそれ。
ポカンと口をあけたままの花井を放ったまま、赤山の話は超特急光回線コースで進んでいく。
カラオケだのボーリングだの夕方から家が開いてるだの・・・家?なんかやらしくね??
「あ・・・赤山さん」
「えー?」
ようやくこっちを向いた赤山に、花井は意を決した。あんまりこうゆうセリフを吐くつもりはなかったし
できればこうゆう言葉は使いたくない。
だって、がいてもいなくてもこの合コンとやらにビタ一文興味がないのは同じだろうから。
「俺、彼女いるんスけど・・・」
「知ってるし!っつかその話したの昨日じゃん!」
キャハハハハ!と笑い始めた赤山。まるで花井がバカみたいに。
花井は、まるでそろっと投げた球を平手で打ち返された感覚に陥り面食らっている。
赤山はひととおりの自分計画をオナニー的に宣言し、満足したように背中を向けて帰って行った。
えーっとえーっと。どうすればいいんだ俺は。
「花井?どしたん」
今更教室に帰ってきた水谷と阿部が見たのは、時をすっかり止められた花井だった。
緊急会議!エマージェンシー!昼休み全員屋上に集合!
水谷のメールは野球部に巡り巡って、キレイに部員全員が寒空の中屋上に集結した。
「無視すりゃいいじゃん」
事の一部始終を聞いた田島がきっぱり言った。もちろん、それで向こうが萎むのなら何の問題もない。
だが、正直、あの大声で色々まくし立てられて、教室にいる聞きたくも無い連中が花井の彼女がどうのこうのって知り始めているのも確か。
べつに知られるのが嫌なわけじゃない。いいな〜って思われるのだって、正直優越感は否めない。
でも。大人だからって好奇心だけで、色々言われるのは嫌だ。
それに赤山を見る限り、そして知る限りではあるが、彼女がそう易々と諦めるだろうか。
なるほどね、と西広が困ったように首をかしげた。こうゆう時、学校の勉強って本当に役に立たないな、と苦笑する。
グウの音も出ないメンバーは、進まない昼食を目の前に困り果てた・・・その時。
「ねぇ、こうゆう時どうしたらいいかってさ・・・聞いちゃえば?さんに」
沖の恐る恐る言った発言を脳内で繰り返す。相当馬鹿馬鹿しいのは分かるが、他になんの打開策も生み出せそうに無い。
思うが早いか、田島は花井の携帯を取り上げた。
「ちょ、田島何すんだよ!」
「に電話する」
「だー、ちょっと待て!!」
急いで携帯を取り上げ、着信履歴からを呼び出す。迷った挙句、花井はメール作成画面を開いた。
「電話のほうがはえーのに」
「・・仕事中かもしんねーだろ。」
メールだったら都合悪かったらかえってこないから。その言葉に、ああ、付き合ってるんだなーってなんかへんな事実感してしまった。
件名:無題
本文:合コン誘われたんスけど
これでいいか、と花井は阿部に携帯を見せる。そんな事言われてもよく分からない阿部は、無造作に送信ボタンを勝手に押した。
そして約30秒後。
花井の手の中で携帯が震え始める。背面の窓から見える、「着信:」の文字。
え!とマヌケな声を上げた彼からまたしても携帯を奪った田島が、反射にも似た何かで受話ボタンを押した。
「!」
『あ、ユー?なに一緒にいんの?』
カラカラ笑うに、このまま世間話になだれ込みたい。
「、元気?」
『げんきぃ』
「俺も元気だよ!」
『っぽいぽい』
「三橋かわる?」
「お、れっ」
『あ、ごめん。ちょっと花井君にかわってもらっていい?』
「おっけーい」
おっけいってお前の携帯じゃないっつの。そうゆう突っ込みを空気で受け流しながら田島が花井に渡す。
花井は顔を真っ赤にして、なぜか皆より数メートル離れてから耳にそっと携帯を当てた。
ボソボソ聞こえる声に耳をそばだてても、何を言われているのかは全然分からない。ただ分かるのが、花井の背中ってあんなちっさかったっけ。
こないだファミレスでも思ったけど、ほんっとに花井ってさんの前だとまるでキャプテンっぽくない。
まぁいつもそこまで・・・いや、すっげぇやってくれてますよ。うんうん。
子供に振り回されている親のようで、なんか可愛いな、と思ったのは言わないでおこう。きもいから。
散々見守ったあと、花井が「は!!??」とでっかい声を上げたのでメンバーの肩がビクッとはねた。
「え、なに」
「わかんね・・・」
「何か変なこと言われたんかな」
変な事。言うだろうなあ・・・さんなら。
それから少しして、余計小さくなった花井に「何て?」と聞くと
「・・・行け・・・って言われた」
「は!!??」
曲がりなりにも彼氏をさあ。取材に使うかね。全員の心の声は、もちろんあの様には届かない。
『絶対行ってきて!そんで今度会ったとき細かく教えて!』
キラキラした目が浮かぶようで、花井はきっと断れなかったんだろう。うん、すっごく想像できますソレ。
高校生の恋愛事情、その記事は思ったより進まず正直イライラしていたにとって、高校生の、しかも近い存在が合コンとなれば
ネタとしては申し分ない。
「ああ・・・」
阿部の同情したような、しかしものすごく面白そうな声が、スゥっと空に消えていった。
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