「いって!!」
慌てて部屋に入ったせいで、小指が棚とキッス、ああ、この鈍痛は少年を泣かせるだけの力はある。
もがきながら何秒か悶絶した花井だったが、急いでコンビニの袋に入ったMDを取り出して包装を引きちぎる。
ゼェゼェ言いながら電源はとっくに入れてあるコンポに差し込む。
ゆっくり入っていくその時間までももどかしい。時刻は23時2分前。
アンテナをギュンギュンやりながら初めて拾った地元の小さなラジオ局の電波からは
のん気な音とともに
『それではそれでは、次は”ヒューマン・ライフ”でぇす』
と、聞いた事も無い素人くさいDJの声が番組の終わりを告げた。
胸が高鳴る。
『いつも聞いてるじゃん、声なんて』
そんなの昨日の発言は、照れ隠しだったとしても全然意味を成してはいなかった。
Thank-you Smoking.-----34
ヒューマン・ライフ。3年前からやっている番組で、各回ごとに地元の色んな人を紹介していくといった当たり障りの無いプログラム。
20分番組の中ではゲストとともに1人の若手DJが、仕事の内容や経歴、そして
最後に「大事な人へのラブソング」というコーナーがある。
これは全部、水谷に聞いた情報。そして彼から、今日それにが出ると聞いたのが、今朝だった。
ちなみに、地元の情報誌に小さく小さく載っていたのを発見したらしい。これはGJといえる、水谷エライ。
「なんで教えてくんなかったんすか!」
耐えかねて電話をしたのが昼休みのトイレで、あの照れ隠しを聞いたのがこの言葉の返事。
「だって、すごいじゃないっすか、ラジオなんて!」
『先週誰だったか知ってる?あそこの角のスナック「わがまま」のママだよ』
でも意外と面白かった。そうケタケタ笑うの声もどこへやらで、花井はコンビニでMDを買うことを決めた。
ドキドキする。ああドキドキする。
なぜかコンポの前で正座をしている花井に、悪戯のようにはるかがノックもせずドアを開けた。
「ねー、透明のマニキュアみなかったー?」
すごい勢いで振り返った兄に、妹がビックリする。
「しらねえ!!」
「・・・なに?正座して」
「今いそがしーんだよ!」
「なんで?なに?」
「だからっ・・・・・・・・・・」
その時、無常にもなかなかセンスのあるジングルが流れて
『ヒューマン・ライフ』
と、色っぽい男の人の声が部屋中に広がった。
「ああああああああ!!」
なぜか叫ばれたはるかの驚きにも気づかす、花井は急いで録音ボタンを押す。
「おまっ・・・お前のせいでええええええ・・・」
「何が?ナンなの、き、気持ち悪いなあ!」
「いいから寝ろ!一刻も早く寝ろ!」
「なんっ・・・」
『はいどーもーこんばんわー、DJヒロでーっす。金曜の夜、皆様いかがお過ごしですか?』
またコンポに振り返る兄を見て、はるかが異常者を見る目つきでいぶかしげだ。
「ちょ、ほんっとお前出てけ」
「だから何?」
「あーもー、マニキュアなんかしらねー!!」
バタン、と妹を強引に部屋から出してふぅ、と息を吐く。
「なによもー」
そうボヤく声が聞こえて、足音が遠ざかっていくのが分かってほっとする。こんなの、双子や母親に知られたら何て言われるか。
落ち着いた花井がズリズリとコンポの前に戻ると、また鼓動が激しくなっていくのを自覚した。
『さてさて、先週のゲストは面白かったですねー。今週は!』
ドクン。
『地元情報誌・地方誌、などで大活躍中!さんでーっす!』
ヨォッ、とにぎやかしの声と拍手が聞こえる。花井はとっくに赤くなっている顔で、ぐ、と前のめりになった。
そして聞こえてきた声に、慌てて録音を確認した。よし、バッチリ。
『やーどーも』
相変わらず気の抜けた、の声が聞こえる。あーもうっさいな、心臓!黙れ!
『どうもこんばんわーヒロです』
『どーも、です。さんと呼んでください』
『フツーじゃないっすか!』
アハハ、と聞こえる声とまったくテンションがあわない。というか、なんでこんなにも俺は緊張しているんだ。
飲むだろうと思ってコップに入れたポカリまで無意味と化す。ポカリなんか飲んでる場合じゃねーっつの。
『さっそくですが、簡単にお仕事内容からいいっすか?』
『あーっと・・・まぁ簡単に言うと、取材したのを記事にします』
『こっ、随分簡単にしましたね!』
『まぁでもそんなモンですよーライターとか言うとかっこいいですけど、地味です』
『DJも地味っすよー』
『そお?』
なごやかな雰囲気でダラダラと会話が流れていく。多分、野球部の全員がコレを聞いているのだろうとふと思ったが
そんなんで笑うほど、彼にはまだ余裕が無かった。
『まぁでもさんは、こないだ写真展なんかもやっちゃったりして!』
ドックウウウウウウウウウン。
花井の心臓が急速に早鐘を打つ。空襲警報?テポドン発射?そんな勢いだ。
ばーーーっと写真展の記憶がよみがえって、破裂寸前になる。
その話はいろいろ!!その、色々とおお!!!!
『やりましたねー写真展。疲れた〜』
『そうそう、おんなお便りが来てましたよ?・・・・っとその前に一旦CM!』
チャララララー♪ヒューマン♪ラーイッフ♪
そのジングルは今の花井にとってはばかばかしいというか緊張感のカケラもないとしか言いようもなく
はあ、と大きく息をついて震える手を見る。
何で今まで気づかなかったんだろう。そうだ、当たり前だ。
あの写真どころか、あの映像も全部他人に見られているんだ。うわああああああ。うわああああああああああ!!!!!!!!!
悶絶して頭を抱えた複雑な彼を無視して、地元の中古車専門店のCMが終わり、話はスタジオに戻る。
『さて、お便りです。”あめやん”からー、えっと?
[どうもこんばんわ、ヒロさん、さん]
『こんばんわー』『こんばんわー』
[私は先日、さんの写真展に行きました・・〕
『わーありがとうございます』
〔行ったこともない外国の写真ばかりでしたが、とてもきれいでみんないい顔をしていて、すっごく感動しました〕
『うおー嬉しい〜』
〔でも、一番感動したのはあの写真の高校球児たちです〕』
うおああああああああ、うあああああああああああああああああああ!!!!!
見たんだ、この人ぜんぶ見たんだ!!!
クソ恥ずかしいのと嬉しいのとで、花井はもうとっくに空襲を受けている。
スタジオのはと言うと、素直に嬉しいなーなんてのん気に構えていた。
『〔みんなほんっとに青春!って感じで、自分が部活やってるときの事思い出しました。
それで質問なのですが、あの動画のほうの男の子のほうは最後どうなったんですか?〕』
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!
そ、そんなん聞くやつがあるかあああああああああ!!
見当違いな花井なんか当然お構いもなしに、スタジオでは話が進んでいく。
『さん、これは?』
『あーっと、あたし西浦に知り合いがいたんで写真撮らせてもらってたんですよ』
『あー、あの西浦?へえーっ!』
『んでまあ、面白い動画が撮れたんで使っちゃったんですよねえ』
しょうがないが、の歯切れが少し悪くなってくる。当たり前だ、そんなの当たり前だ!!
『面白い動画っつーと?』
ちょ、突っ込むな!!ヒロとかなんとかっつったな!?お前、突っ込むな!恥ずかし死にする!!
『まー、それは来てくださった方だけの秘密で。』
口で説明もできないし、とはなんとか交わして見せた。DJヒロは苦笑しつつ、仕事をこなす。
『でも、最後どうなったんですか?って言ってますよー?』
『最後ねえ・・・・』
んー・・・・・と、ラジオではちょっと長すぎるくらいの間を置いて。はすうっと息を吸い込んだ。
『最後は・・・まだわかんないですね』
ボフン。顔を上げた花井が、パンクした。
『うおー?イミシンー♪それって現在進行形って意味っすかー?』
『ははは。いやいや』
あははは、と笑い声が聞こえる。
いやいやとは言ったが、こんなの知ってる人が聞いたらまったくもって完璧な交際宣言だ。
だがヘタなマスコミでもなんでもない地方局のDJは至って大人であり、それ以上の追求は無かった。
CMをはさんで、後ろのほうで聞いた事もない曲が流れ始める。
『では、最後にさんからのラブソングです。さん、これは誰に向けて?』
『えーっと、写真展でも協力してくれた、西浦野球部のみんなに!』
『野球部のみんな聞いてるかー?じゃあこの曲で終わりです。
アジアンカンフージェネレーションで、エントランス。DJはヒロ、そしてゲストはー』
『でした。おやすみなさーい』
その
ちょっと田島に声が似てるボーカルの歌う歌はまさに野球ソングで
ラブソングって言うには程遠いんだけど
いや、愛情こもりまくってて
花井どころか、らーぜは全員感動して、真夜中に笑っていた。
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