山の朝の空気のうまさは異常だ。うまい。きもちいい。最高。
百枝にたたき起こされた一向はそれぞれ顔を洗い歯磨きを済ませ
朝ごはんを食べながら、今日の予定を聞かされる。
2度目になるが、今年のGWは短い。
午前中みっちり練習をやり、昼食後ボランティアとして合宿場とその周辺の草刈りをして
意地でも16時には終わらせてまた練習再開。
そして明日の練習試合。
「イノシシ鍋できるよーに頑張りましょう!」
「はい!」










Thank-you Smoking.-----50























どたどたと部員達が出て行き、篠岡の飲み物やおにぎりの準備を手伝う。
1時間程度で終わるとそれを練習場までの車で運んで、は一旦氷を買いに近いコンビニまでまた車を走らせた。
がちゃがちゃとチャンネルをいじくると、地元のラジオ局から懐かしい歌謡曲が流れてくる。
彼の車に乗って さいはての街 私は着いた
そこまでトシとってるわけじゃないけど、ああいい歌だと思ってきもちよく車を走らせる。
コンビニで氷だけを買って車に積み終わり、ふう、と汗をぬぐって顔をあげると
小さな小さな昔ながらのタバコ屋が目に付いて。
遠距離から一枚写真を撮ると、べつに無かったわけじゃないがはタバコを買いに足を進めた。
小さな窓の向こうでは、腰の曲がったおばあちゃんが朝のニュースを見ている。
ひかえめに木の枠を叩いてみたが一向に気づく様子もないので、苦笑しつつ息を吸い込む。
「おばーちゃん」
「はい?はいはいなんでしょう?」
「タバコちょーだいっ」
「あら見ない顔だねえ。東京の人かい?」
「サイタマの人だよー。あ、それひとつね」
「はいはい」
チャリ、とわざわざ小銭を手の中に渡すと、おばあちゃんはにっこり微笑んで少し手で顔をあおいだ。
は横にあった自動販売機からコーラとアイスコーヒーを買って
「はい」
小さな窓からコーヒーを差し出す。
「あらまあ、お客さんにおごってもらうなんて」
うふふ、と笑った顔が最高に可愛い。ああ、なんて可愛い人なんだろう。
胸がキュンとなったのを抑えて、は急いで肩にブラさげてあったカメラからシャッターを切る。
起動0,3秒でシャッターが切れるこの一眼レフはいつだって自慢のものだ。
「こぉんなおばあちゃん撮ってどうするんだい」
「あたしね、かわいい子しか撮らないんだよ」
あはは、と笑ったおばあちゃんは、手をにゅっと出してきてコーラのプルタブを起こしたの横っ腹をチョンチョンと触る。
「なに?」
「あたしはコーラのほうがいいねえ」
そのどキュートな発言に、はまたもケタケタ笑って。
「わっかいなあおばあちゃん」
そう言って、おいしそうにコーラを飲むおばあちゃんにまたカメラを向けた。
ああ、いい写真が撮れた。いいないいな、ここいいなあ。
やべっ氷とけちゃう。
「じゃあおばあちゃん、またね!」
「あれ、もう行っちゃうのかい?」
「うん」
「またおいでね〜」
その言葉に、ほんっと胸がキュンとする。
「来年また来るからね!」
うん。来年また、来られたらいいな。




「ぎゃあああああああああああああ!!!」
青く突き抜けるような青空に、まったく、井上の叫び声がよく響く。
「でたああああ!!でたよおおお!!」
「んだよイガー蜘蛛かあ?」
無言でコクコク頷く彼の甘い目はもう涙で濡れている。そんなにイヤか。
「あ、そういえばここらへん逃がしたもんなあ昨日」
「ああ!そうだね〜そういえば」
まぁべつにいいけど。ざっくざっくと草刈りを再開し始めた田島と栄口に、井上は弱音すらシャットアウトされてしまう。
「もーさ、気にしてたってしゃーねーよイガ。諦めろ」
「ヤグっちょ、なんとかしてよ!」
「あーもーうっせーなんともなんねーよー」
実質なんともなんねー矢倉に相談したって解決しない。優しい九条は野球場のほう担当なので、本当に助けもクソもない。
「だめだよイガ、昨日掃除やってねーんだから!」
びしっと桜に言われ、ひぃと情けない声を出す。でもどうしたって怖いものは怖いのだ。怖すぎるものは恐怖なのだ。
「ったくもー。じゃあ刈った草集めてネコグルマに乗して」
花井の打開策にぱぁっと目を明るくした井上は、かいがいしくネコグルマをキュルキュル動かし始めた。
「しっかしあっついなーもー汗が目にはいる・・・」
午後2時の日照りは最高ある意味最低。じりじりと焼きつく皮膚に、意識すら遠のく気がする。
あの田島ですらどうやらマイッタようで口数が少ない。
ああ・・・あつい・・・あづい・・・・
「やああああああああ」
死ぬほどマヌケな声が聞こえたと思って振り返ったら。花井の背中につめたい水がどばどばと注がれている。
「な、さん!?」
「やー」
ホースを持って執拗に花井の顔面を攻める顔は、極端に笑っているわけではないが充分お楽しみ中のようだ。
「ぶわっ、ちょ、こら!」
「あはははは」
「かけるなら顔じゃなくてっ・・・もう!
ー!!!こっちにもかけてえええ!!」
田島の声には即座にそちらに水を向ける。
ぎゃーぎゃー言いながら泉や1年生たちも気持ちよさそうに笑っているが
栄口だけが、何故か顔をぽっと赤くした。
だって今・・・・今、花井、さんの事・・・「」って呼ばなかったあああ???
すっかり元気が出たようで、水浸しの花井はぐいっとタオルを頭に巻きなおし草刈りを再開させる。
ふと影が落ちたので見上げると、栄口がいて。
「栄口もびちゃびちゃだな」
そう笑う花井の顔は、なんともまあ嬉しそうな・・・なんつーか・・・そんなロコツに嬉しそうな顔ってアリ??そんなかんじ。
まったくこっちが恥ずかしいわ。そんな彼に気づくハズもなく、刈り取った草をぽいぽい放っていく花井。
「なー・・・花井」
ざっくざっくざっく・・・・
「あー?」
ざっくざっくざっく・・・・・
さんさあ」
ざ・・・っくざっく・・・ざっくざっくざっく・・・
「何」
ざっくざっくざっく・・・・
「花井、さんの事何て呼んでんの?」
「は!!??」
そもそもそのためにホースを引っ張り出してきたは、庭に水をまき始めていたところで
花井の真っ赤な顔が見えて、ああ、またなんかへんなこと考えてるんだと思ってニヤニヤ笑った。
「いやだから、2人だけのときは違うのかなーって」
「ちっ・・・ちがわねぇよ!!!」
「あー?なんでそんな焦んの」
いつの間にか泉が会話に参加している。
「べっつにフツーじゃね?付き合ってて呼び捨てになるとかくらい」
「だ、だよねえ?別に俺ヘンとか言ってんじゃないよ?」
「何?花井「」って呼んでんの?」
にやーっと笑った顔。これはあれです、ドSタッグを組んでいる阿部様にチクる気です。
「よんでねーよ!!」
「うっそだあ、だってさっ・・・モガアアア!!」
花井の大きな手が、小さな栄口の顔、口を覆って言葉をふさぐ。
おめーどんだけ焦ってんだよ・・・。
「さかえぐちいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「むー!!!むがああ!!」
そんな2人に呆れながら・・・泉はふと思う。さんってみんなアダ名で呼ぶくせして、花井ん事はいつまでたっても「花井君」なんだよなあ。
まぁ別になんて呼ばれててもいいけど、と思う反面。
もし自分だけ「泉君」なんて呼ばれてたら、ちょっと他のやつらウラヤマシーと思ったがだがしかし
よく考えてみれば、花井は下の名前で呼ばれんのイヤなんだ。だったらしょーがねえ。
納得してカマの速度を速めた泉だったが
アダ名付けのあのタイミング、誰が「下の名前で呼ばないほうがいい」と忠告したのかなんて
本人が思い出すハズもない。






明日の練習試合のミーティングを、美味しい夕食の後全員でこなす。
発表されたスタメンは1年全員と、あと3名は西広、水谷、泉だった。
「西広君も力ついてきたしね」
彼は嬉しそうに笑った。この1年と少し、野球はズブの素人だった西広だが
追いつくとまでいかなくても、新入生並にプレイはできるようになっていた。
「頑張ります」
「うん」
「花井君と田島君も頑張ってよね」
「「はい!!」」
「あと2年生も、チャンスがあればどんどん交代してもらうから。負けたら走って帰ってもらうよ!」
そのいささか冗談ともとれないオドシを表面から受け止め、ヒヤッと汗をかいた。
じゃあもう話はオワリかな?と百枝が息をついたとき。
どたばたとした足音が聞こえてきて、・志賀・篠岡が20コのプリンを抱えて部屋に入ってきた。
「わー!!プリンだ!!」
「デザートだよ」
わらわらとむらがる全員にひとつづつプリンを渡して、先にとったものは全員に渡るのを待つ。
「あたしとチヨちゃんと志賀先生で作ったんだよ」
そのの言葉に、ああもう嬉しい幸せ、とジ〜ンとなった。
「じゃあいただきます!」
「いただきまーっす!!」
「ゴエエエエエエエエエ!!!!」



約3時間前。
「プリンなんて、みんな喜びますよぉ」
かしゃかしゃとプリンミックスの箱の中、ボールに大量の「モト」を混ぜながら篠岡は嬉しそう。
志賀もちゃっかりエプロンまでしてカラメルソースを作っている。
どうやらこれは明日の応援のための、の提案らしく。
志賀特製のほろにがいカラメルソースを型に流し込み、少し待ってからモトを流し込む。
篠岡が4つ流し込んだのを見計らって、がそのボールを制した。
「え?」
「これはーあたしとチヨちゃんと志賀せんせーとまりあのぶん・・・」
「え?」
黙ってみていると・・・はおいしくてあまくてとろけそうなプリンのモトの中に、豪快に盛大に薄黄色の粉を入れた。
「なっ、さん!」
「さー混ぜて混ぜて〜わかんないよーに」
かくして、プロテインプリンは出来上がった。






「まずううう!!!これ何???」
「プリンだよ。おいしーですねえ志賀先生」
「うまいねえ」
こいつら・・・こいつら!!
さてもう何て言ってやろうか・・・首謀者はとっくに察しがついていたので、全員がいっきにの方を見る。
まったくもうこの人はなんつーかロクな事しないっつーかあのそのあのー・・・・
さん!」
全員の肩がビクッと跳ね、目線の先には顔を赤くした花井。
「食べ物で遊んじゃいけないって言ってるでしょうよ!」
「遊んでねーよ!プロテイン入れただけだもんね!」
「なんでプリンに入れるんスか!フツーに飲むっつーの!」
「おいしくセッシュできたほうがいいだろー!!」
「耐え難い味になってんスよ!!」
「ソコはホレ・・・・が・ま・ん☆」
「自分だけうまいモン食って・・・・!!」
「ぎゃああああ!!!」
花井・・・カーチャンかよお前。
どたどたと花井にプロテイン入りのプリンを食わされそうになり本気で抵抗するを見ながら
メンバーたちは味あわないよう、なるべくノドの奥までもっていって、プリンを、飲んだ。
「ごえええ!!!まっずうううう!!」
「ガマン!!!」





最後涙目ででも
あの
「もうしません」と言わしめた花井。


マスターの日は、近い・・・・のか。









































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